第二話「中延聖陽、可愛いと言われる」
ショッピングモール内、花屋。
「これとか、いかがですか?」
「バラの花かあ」
「はい、紅くてカッコいいです」
「確かに綺麗だね」
「ですよね」
「でも、百草園さんが喜ぶかは別かもね」
「そうですね、司は特に花が好きではなかったと思います」
「そうなんだね」
じゃあ、なんで花屋に入ったんだろう?
「むしろあたしの好みですね」
ああ、そういうことか。
「一羽ちゃん、バラの花が好きなんだね」
「はい、好きです、赤色が好きなんです」
「赤色か、情熱的な感じだよね」
「赤飯も好きですよ」
「赤飯?」
「はい、赤飯に砂糖をかけて食べるのが好きなんです」
「なるほど……」
曳舟さんの歌もそうだったけど、本当私の周りって、変な人しかいないよね……
「美味しいんですよ、甘くて」
「お菓子じゃダメなの?」
「砂糖とお米は合うんですよ」
「そっか」
「はい、和菓子のようなものです」
「そっか、洋菓子とかよりは健康的かもね」
「はい、そう思います」
まあ、頭から否定することもないか。
「でも、何も思いつきませんね、結構回ったんですが」
「そうだね、感情を揺さぶるプレゼントって、なかなか難しいよね」
「少し疲れましたね」
「どこかで休もうか、水分補給もした方が良いと思うし」
「ここ、屋内ですけどね」
「屋内でも熱中症になる人はいるんだよ?」
「まあ、そうみたいですが」
「ん、その顔は……」
「え?」
「書道部の娘だったよな?」
「あれ、あなたは……」
小村井先輩の友人の……
「滝本大貴、三年生」
「ご無沙汰してます、滝本先輩」
「えっと……中延さんだっけ」
「はい、こんにちは」
「こんにちは」
「カラオケ以来だな、四月だったよな?」
「そうですね、あれ以来ですね」
そっか、あのカラオケからもう四か月か。
「今日は二人か」
「あ、こんにちは」
「こんにちは、ええっと……」
「鳩ノ巣一羽です」
「そうそう、鳩ノ巣さんだ。こんにちは」
「こんにちは」
「二人は、ここで何してるんだ?」
「買い物ですよ、滝本先輩」
「なるほど、買い物か」
「滝本先輩は?」
「ああ、俺はな……」
「ん?」
「二人の後を付けているんだ」
「二人、とは?」
「ほら、あそこを見るんだ……」
「あれは……」
「秋川の奴、最近付き合い悪いと思ったら……」
「へえ、堀切さんとデートですか」
「そうみたいだな……」
うーん、青春って感じだなあ。
「二人とも楽しそうですねえ」
「そうだな」
「でもまさか、そういう関係になっていたとは……」
「あのカラオケがきっかけかもしれねえ」
「ああ、あの時ですか」
「それしか考えられねえ」
四か月前のカラオケ、思わぬ副産物が生まれていたようだ。
「堀切さん、恋愛したいって言ってたんですよね、以前」
「そうだったのか」
「そういえば最近、ちょっと可愛くなってるなあって思ってたんですよ」
「恋愛すると可愛くなるってやつか」
「はい、合点がいきましたよ」
「なるほどなあ」
うんうん、市ヶ谷先輩も可愛いもんな。
「いつから後をつけているんですか?」
「ほんの少し前からだよ」
「そうですか」
「ああ」
「放っておいてあげた方がいいんじゃないですか?」
「いや、でもなあ……」
「二人だけの幸せな時間だと思いますし」
「まあ、そっか」
「はい、私はそう思います」
「よし分かった、俺は見なかったことにするわ」
「素直なんですね、滝本先輩って」
「そうか?」
「はい、後輩の私が言うことを普通に受け止めるなんて、なかなかできないことですよ」
「まあ、家を継がなきゃいけねえからな」
「家、ですか?」
「ああ、家業を継ぐことになっているからな」
「へえ、そうなんですね」
凄い、家業かあ。
「むしろ不甲斐ないくらいだ」
「不甲斐ない、とは?」
「言われるまでもなく気が付くべきことだったよ」
「まあ、言われて受け止められるんなら、良いんじゃないですか?」
「そう思うか?」
「はい、全部言われずにちゃんとやるだなんて、難しいですよ」
「まあ、そうかもな」
「はい」
「とは言え、いずれは部下になる人間の恋愛事情は抑えておく必要もあるよな」
「部下とは?」
「秋川、俺の実家の会社に入社するんだよ」
「へえ、それは知りませんでした」
縁故で就職する人、初めて見たかも。
「俺が親父に頼んだんだよ」
「そうだったんですね」
「秋川は、俺の欠点の指摘をよくしてくれるからな」
「それで、ご紹介を?」
「むしろ、俺から秋川に頼んだんだ」
「指摘をするようにですか?」
「ああ、すぐ近くで指摘をして欲しいってお願いしたんだ」
ある意味変わった人だなあ、この人も。
「それで受け入れてくれたってわけだな」
「なるほど」
「あ、買い物邪魔して悪かったな、失礼するわ」
そうだ、参考にちょっと聞いてみようかな。
「あ、滝本先輩」
「ん、どうかしたか?」
「少し、ご意見頂きたいなって思って」
「ご意見って?」
「ちょっと、ご相談したいことがありまして……」
「聖陽さん、もしかして……」
「うん、さっきの件」
「確かに、二人で考えるのは限界そうですね」
「鳩ノ巣さんも関係するのか?」
「はい、むしろ一羽ちゃんの相談です」
「よし、良いぞ」
「ありがとうございます!」
すんなり受け入れてくれたな。案外。
「おっと、ここだと二人に見つかるかもしれねえな」
「あ、そうですね……」
「金は出すから、どこかの店に入ろうか」
「いや、お代は悪いですって……」
「ほら、早くしないと二人に見つかっちまうぞ?」
「いや、でも……」
「先輩面させてくれよ」
「まあ、そういうことであれば……」
「鳩ノ巣さんもそれでいいよな?」
「はい、あたしは大丈夫です」
「それじゃあ、行こうか」
「はい……」
男の人とお茶するの、割と珍しい気がする。
※ ※ ※
ファストフード店。
「へえ、プレゼントか、良いじゃないか」
「ですよね!」
「でも、感情を揺さぶるって言われると難しいなあ……」
「そこなんですよね」
「恋愛経験ないし分からん」
「恋愛経験ないんですね」
「まあな」
「なんか少し意外です」
「意外って?」
「滝本先輩、恋愛経験ありそうですし」
「そう見えるってことか?」
「はい、私には」
「それは見た目だけだな、多分」
「そうですか」
「ああ、だからあまり力になれないかもしれねえ」
「滝本先輩は、何貰ったら嬉しいですか?」
「俺か?」
「はい、好きな女の子に何貰ったら嬉しいですか?」
「そう言われてもなあ、好きな女の子とかいないし」
よし、アプローチを少し変えてみよう。
「じゃあ、私でいいです」
「それ、どういうことだ?」
「私に何を貰ったら、私のことを好きになりますか?」
「……深い意味、ないよな?」
「深い意味って?」
「聖陽さん、その例は勘違いを生むと思いますよ」
「勘違いって?」
「聖陽さんが、滝本さんのことを好きだって勘違いです」
「え、好きじゃないよ?」
「はい、あたしは分かっていますが……」
これは、少し聞き方が粗かったかもしれないな。
「滝本先輩、今のは忘れてください」
「……」
「滝本先輩?」
「……悪い、女子からそういうこと聞かれたの初めてだったもんで」
「顔真っ赤ですね、滝本先輩」
「……赤くなってるか?」
「はい、さっきよりも赤いですよ」
「そうか……」
「本当にごめんなさい、迂闊でした……」
「いや、俺に免疫がないのが悪いんだ……」
「なんだか少し可愛いですね、滝本先輩」
「……可愛い?」
「聖陽さん、わざとやっているんですか?」
「わざとって、何が?」
「男性に可愛いって言うのって、それなりにハードル高いと思いますよ?」
「そうかな?」
「はい」
しまった、またやらかした。
「またまたごめんなさい、滝本先輩」
「いや、うん……大丈夫だ」
本当に可愛いなあ、この人。見た目に反して純情に見える。
「できる限り、気を付けますね」
「ああ、頼む……」
「でも、アイデアが本当に浮かばないなあ」
「聖陽さん、あたし思い付いたかもしれません」
「何が?」
「アイデアです」
「どういうアイデア?」
「真っ直ぐに行くのが効果的だと思いました」
「真っ直ぐって?」
「正攻法というか、王道的アプローチというか」
「どうして急に思い付いたの?」
「今の二人のやり取りを見て気が付きました」
「今のやり取りから?」
「はい、男の人って正攻法に弱いのかなって思いました」
「私の今のやり取りが正攻法なの?」
「割とストレートだったと思いますよ?」
「そうかなあ?」
むしろ、搦め手というか、上っ面のアプローチだった気がするんだけど。
「あたしにはそう見えました」
「ふーん、そっか」
「はい」
でも気を付けなきゃな、変な勘違いをさせるのは申し訳ないし。
「聖陽さん、正攻法な方法って何だと思いますか?」
「改めて聞かれると難しいなあ」
「そうですよね」
「滝本先輩はどう思われますか?」
「……え、俺?」
「はい、滝本先輩のご意見を伺いたいです」
「そうだなあ……」
まだ顔赤くしてる、男の人って、あんな質問で勘違いしちゃうんだ。
「……正攻法って言ったら、ラブレターとかじゃないか?」
「ああ、なるほどー、盲点でした」
「そうですね」
「一羽ちゃん、ラブレター良いんじゃない?」
「そうですね、一周回って奇襲になるかもしれません」
「私もそう思う」
「でもそれ、プレゼントなんですか?」
「まあ、細かいことはいいじゃん」
「細かいですかね……」
「うん、細かいよ」
みんな、本当に細かいことを気にするよね。一羽ちゃんにしても、滝本先輩にしても、市ヶ谷先輩にしても。
「じゃあラブレターにしますよ、聖陽さん」
「そっか、じゃあ決定だね」
「割とあっさり決まるんだな……」
「だって良いアイデアでしたから」
「まあ、俺は別にいいんだが……」
「ん?」
「中延さんって、細かいこと気にしないタイプなんだな……」
「私ですか?」
「違うか?」
「さあ、どうなんですかね?」
「まあ、良いんだけどさ……」
私が細かいこと気にしないってより、みんなが気にしすぎなんだと思う。
「ともあれ、ラブレター用の紙を買う必要が出てきましたね」
「そうだね、一羽ちゃん」
「じゃあ、解決したってことで……」
「あれ、滝本先輩お帰りですか?」
「まあ……用事は済んだだろ?」
「まあ、そうですが……」
「まだ、何かあるか?」
ラブレター選び、滝本先輩の意見を聞くのもアリかもな。
「聖陽さん、ダメですよ」
「一羽ちゃん、何がダメなの?」
「滝本さんに意見を聞こうとしたんですよね?」
「よくわかったね、一羽ちゃん」
「ええ、まあ……」
「どうしてダメなの?」
「ほら、さっきも言ったじゃないですか」
「さっきって?」
「本当に滝本さん、勘違いしちゃいますよ?」
「ああ、そこまで頭回ってなかった」
迂闊だった、気を付けていたのに。
「ごめんなさい滝本先輩、二人で探しますね」
「ああ、そうしてくれ……」
「ご相談に乗っていただいて、ありがとうございました」
「うん、まあ、いいってことよ……」
「あたしからもありがとうございます、滝本さん」
「ああ、上手くいくといいな」
「はい、ありがとうございます」
「それじゃあな……」
「はい、さようなら」
「ああ……」
スタ……スタ……スタ……
「さて、私たちも行こうか、一羽ちゃん」
「聖陽さん、本当に気を付けた方がいいですよ?」
「勘違いの件?」
「はい、もう少し丁寧にというか……」
「でもさ、私だよ?」
「どういう意味ですか?」
「私って別に、そんなに可愛くないでしょ?」
「いやいや……普通に可愛いですからね?」
「そうなのかな?」
「はい、あたしはそう思います」
「そっか、それは意識したことなかったかも」
「はい、なので……」
「わかった、今後は少し考えるよ」
「そうしてください……」
「うん」
私って、本当に可愛いのかな?
※ ※ ※
夕焼け、実に綺麗だな。
「本日はありがとうございました、聖陽さん」
「ううん、こちらこそありがとうね、楽しかったよ」
「あたしも、楽しかったです」
「うまくいくといいね、ラブレター」
「そうですね、何か動きがあればいいですが……」
恋する女の子って、本当に可愛いんだよなあ。
「聖陽さん、どうかしましたか?」
「いや、ううん……なんでもない」
「そうですか……」
本質的な関係性か、やっぱり少しだけ憧れはあるんだよな。
「私も祈ってるよ、上手くいくこと」
「はい、ありがとうございます」
「それじゃあ、気を付けて帰るんだよ?」
「はい、気を付けて帰ります」
「うん、さようなら」
「さようなら」
トコ……トコ……トコ……
「さて、それじゃあ帰ろうかなあ」
なんだかんだで充実した一日だったな。カラオケもそうだし、買い物もそうだし。
日本を、ぶっこわーす!
「……街宣車?」
随分と物々しい主張してるなあ、この政党。
「国民を守る党、ねえ……」
日本壊したら、国は守れないと思うんだけど……
「うーん、選挙か……」
曳舟さんに言われちゃったなあ、去年の準備不足。
「まあ、私が悪いんだけど……」
今年はしっかりと、準備しないといけないとだよね。まずはスローガンとかも大事になるか。
「……私以外は、立派なものだったよなあ」
去年の生徒会長選挙、私以外の候補にはちゃんとしたスローガンがあってそれに基づいて演説をしていた。
「まあ、私もなんとか捻り出したけど……」
『一年生から、「生徒会長』を』だったかなあ。今年はもう、それ使えないしなあ。
「ぶっ壊すって、割とアリなのかもね……」
インパクトはあるもんね、注目は引けるかも。
「いや、マイナスの方が大きいか……」
明らかに泡沫候補。勝利は期待できない
「相手は実務派だもんな……」
生徒会で実務を積み重ねる梅島さんが、最大の障壁。インパクト重視だと去年の市ヶ谷先輩の二の舞。
「まあ、そろそろ考えていくとしましょうか……」
後回しは良くない。ちゃんと考えていかないとね。
わんっ! わんっ!
「犬?」
「あ、その顔は!」
「ん?」
「中延さん、こんばんは!」
「こんばんは、牛田さん」
なんだろう、犬の散歩かな?
「ほらハジメ、挨拶して」
わんっ! わんっ!
「ハジメ君って呼べばいい?」
「うん、ハジメは男の子だよ!」
「そっか、ハジメ君、こんばんは」
わんっ! わんっ! わんっ! わんっ!
「ハジメ、すごく喜んでる!」
「そうなの?」
「うん、中延さんのこと気に入ったのかもしれないね」
「どうしてだろう?」
「中延さんが可愛いからかもしれないね」
「私が?」
「うん!」
「牛田さんも、私って可愛いと思うの?」
「思うよ!」
「ふーん、そっか」
「他の誰かも言ってたの?」
「うん、一羽ちゃんがね」
「へえ、鳩ちゃんがねえ」
鳩ちゃんって呼び方、動物みたいだな。
「そうそう、私はそう思わないんだけど」
「えー、明らかに可愛いでしょ!」
「そっか……」
これはもう、客観的な評価だよね?
「市ヶ谷部長には敵わないけどね!」
「ふふっ、それじゃあ仕方がないな」
「恋する乙女は最強なんだよ!」
「恋する乙女かあ」
「うん、可愛いんだよ!」
「あ、そうだ……」
「中延さん、どうかした?」
「牛田さんさ、堀切さんのこと知ってた?」
「任子ちゃんがどうかしたの?」
「秋川先輩と付き合っているっぽいんだけど……」
「ううん、それは知らない」
「そっか」
「でも、好きだと言ってるのは聞いたことがあるよ」
「へえ、そうだったんだ」
「どうして付き合っているって思ったの?」
「今日さ、そこのショッピングモールで二人でいるのを見掛けてさ」
「そうなんだね!」
「うん、すごく楽しそうで」
「そっか、それは良かったね、任子ちゃん!」
「うん、そうだね」
わんっ! わんっ!
「ふふっ、ハジメ、良い子だね!」
わんっ!
「牛田さんはそういう人はいないの?」
「そういう人って?」
「好きな人」
「私?」
「うん」
「市ヶ谷部長のことが好きだよ!」
「いやあの、そうじゃなくてさ……」
「好きな男の人ってこと?」
「うん、そういうこと」
「好きな男の人はいないよ!」
「そっか」
「それよりも、市ヶ谷部長に幸せになってほしいんだよ!」
「市ヶ谷先輩に?」
「そう、私、市ヶ谷先輩の笑顔が好きだからさ」
「ふーん、そっか」
「うん!」
屈託のない笑顔、眩しいな。
「だったら、良いニュースがあるよ?」
「ニュースって?」
「市ヶ谷先輩、今日小村井先輩と二人でお出掛けに行ったんだ」
「それは良いニュースだね!」
「だよね」
「でも、なんで中延さんが知っているの?」
「元々は市ヶ谷先輩、私と出掛ける予定だったんだよ。そこに小村井先輩から連絡が入って」
「ああ、そういうことね」
「うん、そういうこと」
「なんにしても、おめでたいね!」
「そうだね」
確かにおめでたいんだけど。なんだろうな、この感情は。
「わー、可愛いワンちゃんだ!」
「ん?」
誰だろう、この小さい人。
「この子、お名前なんて言うんですかあ?」
「この子はハジメだよ!」
「ハジメちゃんかあ」
「ハジメは男の子だよ!」
ポンッ!
「うん、ハジメ君、ニコニコしてるね!」
この人、犬の肩なんて叩いてどういうつもりだろう?
「ハジメ、可愛いでしょ!」
「うん、可愛いね!」
「でしょー」
「あの……」
「中延さん、どうかした?」
「この人、知り合いじゃないよね?」
「うん、知らない人だよ!」
「それにしては楽しそうに話すんだね」
「笑顔は大事だからね!」
「そっか……」
「片倉多絽茜だよ!」
「え?」
「知らない人じゃなくて、多絽茜ちゃんだよ?」
「片倉さん……ですか」
「違う違う、多絽茜ちゃん」
「はあ……」
いきなり、馴れ馴れしい人だなあ。
「多絽茜ちゃん!」
「そう、多絽茜ちゃん!」
「こんばんは、多絽茜ちゃん!」
「こんばんはー!」
ダメだ、ちょっとこのノリに付いていけない。
「わっちゅあねーむ?」
「多絽茜ちゃん、私の名前が知りたいの?」
「いえす、あいどぅー!」
「私は牛田悦子だよ!」
「悦子ちゃんね!」
「うん、住吉川高校の二年だよ!」
「へえ、あの住吉川高校かあ」
「うちの学校知ってるの?」
「うん、友達がいるんだー」
「友達?」
「いや、友達じゃなかったよ」
「友達じゃないの?」
「うん、多絽茜は友達じゃないんだって」
「多絽茜ちゃん可哀そうだねえ」
「うん、多絽茜可哀そうなの!」
「変な人がいるんだねえ」
「うん、錦羅ちゃん本当に酷いよねえ」
「あれ、どこかで聞いたことがある名前だなあ」
確かに、耳に馴染みがある名前だな。
「もしかして、錦羅ちゃんの知り合いの人?」
「ううん、そんなに仲が良い人じゃないと思うけど……」
「そっかー」
「あ、思い出した!」
「教えて教えてー」
「生徒会の副会長さんだよ!」
ああ、そうだそうだ。笹塚先輩だ。
「そうそう、その錦羅ちゃん!」
「可愛い人だよね!」
「うん、錦羅ちゃんは可愛いと思う!」
「あと優しい人だよ!」
「優しいの?」
「うん! 市ヶ谷部長の分まで頑張ってくれるって言ってくれたんだー」
「市ヶ谷部長って?」
「市ヶ谷翼、私たちの部長だよ!」
「どこかで聞いたことがある名前だなあ……」
「知り合いなの?」
「ううん、知り合いではないと思う」
「そっか!」
「どこで会ったんだろうなあ」
「私は知らない!」
「そうだよねえ」
「うん!」
まあ、そりゃそうだよね……
「まあいいや、いつか思い出すでしょ!」
「そうだね!」
なんだろう、ある意味ほっこりするやり取りだな。
「わっちゅあねーむ?」
「え、私ですか?」
「他に誰もいないよー?」
「えっと……私は、中延聖陽です。同じく二年です」
「聖陽ちゃんだね、こんばんは!」
「こんばんは……」
「聖陽ちゃんは大人しい子なんだね!」
「あ、そうですか?」
「うん!」
いや、初対面だったらこんなもんじゃない?
ポンッ!
「……え?」
「ほら、ニコニコして?」
「あ、はい……」
まあいいや、とりあえず笑っておこう。
「うん、良い笑顔だね、可愛いよ!」
「それは、良かったです……」
やっぱり可愛いのか、私。
「錦羅ちゃんだとこうはいかないからなあ」
「そうなんですか?」
「うん、絶対に笑ってくれないんだよー」
「それは大変ですね」
「本当にねえ、笑ったら可愛いのに、勿体ない」
いや、この人の場合、誰彼構わず可愛いって言ってる疑惑あるけど……
「あ、多絽茜帰らなくちゃー」
「多絽茜ちゃん帰るのー?」
「うん、ご飯の時間だし!」
「そっかー」
「あ、連絡先だけ交換しておこうか?」
「そうだね!」
ピッ……ピッ……
……フットワーク、軽いなあ。
「ほら、聖陽ちゃんも!」
「あ、はい……」
でもまあ、見習うべき部分もあるのかな?
「じゃあ、また会いましょう!」
「じゃあね、多絽茜ちゃん!」
「バイバーイ!」
「さようなら……」
「じゃあね!」
スタ……スタ……スタ……
「中延さん、私たちも帰ろうか!」
「そうだね……」
牛田さんって、本当にいつも元気だな。
※ ※ ※
夜、自宅。
「ふう、今日は疲れたなあ」
暑い中、かなり歩き回ったもんなあ、本当に疲れた。
プルルルル……プルルルル……
「ん?」
市ヶ谷先輩か、どうしたんだろう。
「もしもし、市ヶ谷先輩」
「……もしもし」
「こんばんは、どうかされましたか?」
「えっとね……」
「はい」
「いや、あのね……」
「はい」
まあ、多分……
「……手、繋ぐことに成功したから」
「ふふっ」
「……何?」
「それはそれは、おめでとうございます」
「……茶化してない?」
「いいえ、祝福しているんですよ?」
「……そうは聞こえないけどね」
「いやその、先輩可愛いなあって」
「……何が?」
「だってわざわざ、それを私に報告してくれたわけですよね?」
「だって、宣言したし……」
「ふふっ、そうでしたね」
なんだろうなあ、やっぱりこの人みたいになれる気はしない。この人らしい可愛さには、いつまで経っても届く気がしない。
「ねえ、市ヶ谷先輩」
「……何よ?」
「私って、可愛いと思いますか?」
「……いきなり、何?」
「今日、色々な人に言われたんですよ、私は可愛いって」
「……そうなのね」
「それで、どうですか?」
「……まあ、可愛いんじゃない?」
「どういうところが、可愛いと思いますか?」
「……いきなりそう言われてもね」
「今日、色々考えたんですけど、いまいち私の可愛さってのがよくわからなくて」
「……皆が言ってるのは、見た目の話なんじゃないの?」
「まあ、そうかもしれないですが、内面的な部分だとどうなのかなあって」
「内面、ねえ……」
「はい」
「そう言われると、分からないわね」
「私もよくわからないんですよ、可愛いって何かなあって」
「それこそ、細かいこと考えすぎなんじゃないの?」
「え?」
「そういうこと考えないのが、聖陽なんじゃないの?」
「そうなんですかね?」
「私は知らないわよ」
「まあ、そっか……」
「ええ……」
「でも、なぜだか気になるんですよ」
「そうなのね」
「はい、どうしてかなあって……」
「さあね、知らないわよ」
「冷たいなあ」
「冷たいも何も、私には分からないわよ」
「実はと言うと、市ヶ谷先輩に憧れているのかもしれません」
「……心にも無いこと言わないで」
「いやいや、これは本心ですって」
「……さて、どうかしらね?」
「本当ですって」
「……本当だとして、その話がどう関係してくるのよ?」
「それは分かりません、でも関係がある気がしたんです」
「そう言われてもね……」
「なんでだろうなあ」
「……私の、何に憧れているって言うの?」
「え?」
「……さっき言ったでしょ、憧れてるって」
「ああ、それはですね……」
「……ええ」
まあ、隠すことでもないよね。
「小村井先輩への向き合い方というか、なんか良いなあって」
「……小村井は私のものよ?」
ふふっ、そうだよね。
「だから、そういうことじゃないですよ。小村井先輩は明確に、市ヶ谷先輩のものです」
「……だったら、どういうこと?」
「なんだろう、真っ直ぐでいいなあって」
「真っ直ぐ?」
「はい、真正面から小村井先輩に向き合っていて、やっぱり可愛いなあって思うんです」
「……またそこに戻るのね」
「だって、それが全てというか、そこが理由な気がするんです」
「そうなのね、よくわからないけど……」
「はい、そうなんです」
私には多分、そういうものがない。だからきっと、求めている。
「やっぱり私、可愛くないですよ」
「いや、そんなことないと思うけどね……」
「いえ、私は可愛くありません」
「まあ、聖陽がそう言うなら否定もしないけど」
「はい、そうして下さい」
まあ、よくわからないけど、きっとそういうことなんだよね。
「さて、頑張らなくちゃな」
「……何を頑張るの?」
「選挙とか、色々です」
「……生徒会長選挙、そう言えばもうすぐね」
「あ、そうだ」
「……え?」
「市ヶ谷先輩、私の推薦人ってことで良いんですよね?」
「ああ、そういうことになるのね……」
「はい、如何ですか?」
「まあ、秋からは少し忙しくなるけど……」
「就活ですか」
「そうね、面接が始まるのが秋からなのよ」
「だったら……」
「すぐに内定、叩き出してやるわよ」
「ふふっ、そうですか」
「だから私が、推薦人を務めるわ」
「では、お願いします……」
「ええ、任せなさい」
ちょっぴり不安でもあるけど、やっぱり安心感もある。
「スローガンとか、どうしようかな」
「スローガン?」
「ええ、選挙のスローガンです」
「そんなの、なんでも……」
「今回は、しっかり考えたいなって思うんです」
「そう……」
「住吉川高校をぶっ壊す、とかどうですかね?」
「……それ、何?」
「今日、そういう感じの街宣車が走っていて」
「そうなのね……」
「如何ですか?」
「まあ、悪くはないわね……」
「ですよね、インパクトありますし」
「良いんじゃない?」
「そうですか、では暫定的にこれにします」
「ぶっ壊す……か……」
「どうかしましたか?」
「かなりハマったわ、そのフレーズ」
「そうなんですか?」
「ええ、良い感じね、色々壊したくなってきたわ!」
「器物損壊はやめてくださいね?」
「そんな犯罪みたいなこと、するわけないでしょ?」
「市ヶ谷先輩ならあり得ます」
「なにそれ、失礼しちゃうわね」
「だってー」
「まあ、イメージの中だけにしておくわ!」
「あ、はい……」
「さて、イメージの中で色々壊すわよー」
「そうですか……」
なんだろう、変なスイッチ付けちゃったかな?
「壊すということしか考えられなくなってきたわ……」
「本当に、何かを壊しちゃダメですからね?」
「保証はできないわ!」
「全く、困った人ですね……」
まあでも、今までの自分を壊して頑張らなきゃだよね。よし、色々頑張っていこうかな。