第一話「中延聖陽、夏の暇つぶし」
ミーンミンミンミンミンミンミンミンミン……
「行くわよ、聖陽!」
「いや……でも」
夏休み、真っただ中。
「だから、いいのよ」
「やっぱり、私と行くなんておかしいですって」
「別にいいじゃない」
「小村井先輩と行くべきですよ」
小村井先輩、市ヶ谷先輩の幼なじみにして、先輩の想い人。
「……小村井とは、そういう関係ではないのよ」
「なんでいまだに付き合っていないのか、本当に謎です」
「……いや、別にいいじゃない」
良くないんだよなあ、無関係の私がこうやって駆り出されちゃうし。
「あの終わり方、まるで付き合い始めるような感じだったじゃないですか」
「……終わり方って何よ、まるで物語みたいに」
「そんなことはどうでもいいんですよ」
「いや、でもね……」
……本当、この人はやっぱり変わらないなあ。
「もう、四か月経ちますよね?」
そう、今やもう八月。
「厳密には、まだ四か月ではないわよ……」
「細かいことは良いんです。もう、高校最後の夏休みなんですよ?」
「そんなの分かってるわよ……」
「高校三年、夏休みも折り返しなんですよ?」
「だから、分かってるって……」
「あそこから、殆ど進展なしですよ?」
まあ、私が気にすることでもないけどね。
「満足……してるのよ……」
「付き合っていなくてもですか?」
「ええ、別に今の雰囲気嫌いじゃないし……」
「すっかり、骨抜きですね……」
「……逆に、どうしてそこまでして付き合う必要あるのよ?」
「いや、それは……」
……確かにまあ、付き合うから何なのとは思うけどさ。
「そんなの、肩書きに過ぎないじゃない」
「それはそうですが……」
「無理して交際する必要はないと思うわ」
……反論ができない。
「そうなんですが……」
「大体、私たち二人の問題なんだし、聖陽がそこまで心配しなくてもいいのに」
「いや、でもですね……」
……えっと、そうだ!
「何よ?」
「デートとかもしてないんですよね?」
「まあ、してないけど……」
「キスとかハグとかもしてないんですよね?」
「……付き合ってないんだし、当たり前でしょ?」
「したくないんですか?」
「したくないってことも、ないけど……」
「だったら……」
「大体、そういうのは不健全よ……」
「……不健全?」
「ええ、そうよ……」
「……何を言っているんですか?」
「私たち、まだ高校生なのよ?」
……この人、見た目に反して生娘過ぎる。
「高校生なら、キスとかハグくらいはしますよね?」
「いや、早すぎるでしょ……」
「……いや、もっと先をしてるまでありますけど」
「まあ、そうらしいけど……」
最近の若者、本当に進んでいるからなあ。
「まあ、私もそこまではどうかと思いますが」
「……そうなの?」
「それは、まあ」
「……そう」
「まだ、高校生ですからね」
「……そう、まだ高校生なのよ」
高校生なんて子供だもんね、まだまだ。
「でも、キスとかハグくらいは健全の範疇じゃないですか?」
「……いや、早すぎるわ」
「乙女なんですね、市ヶ谷先輩」
「……いや、普通でしょ」
うんうん、私はそういう市ヶ谷先輩が好きですね。
「初台先輩たちはどうなんですかね?」
「……さあ、最近話してないし」
「そこまで、進んでるんですかね?」
「だから、知らないわよ……」
初台先輩、通っている高校の生徒会長。彼氏持ち、多分。
「手は繋いでましたよね、聖夜祭の時」
「ええ、そうだったわね……」
「手くらいなら、良いってことじゃないですか?」
「……え?」
「あの時はまだ二人は付き合ってなかったわけですよね、それでも、手は繋いでいたと」
「……まあ、そうね」
「とりあえず、それを目標にしたらどうですか?」
「……いや、だからね」
「なんでそんなに嫌がるんですか? 実質、付き合っているようなものですよね?」
「……嫌ってわけじゃないわよ」
「だったら、ほら、私なんかと出掛けるんじゃなくて……」
「いいでしょ、今日は。暑いんだから、早く行くわよ」
「でもなあ……」
暑いの気にするなら、引きこもり一択なんだけどね。
「だったら、最初から来なければよかったでしょ?」
「いや、どっか行きたいと思っていたので……」
「じゃあ、問題ないでしょ?」
「まあ、仕方がないか……」
暇は潰せるし、まあ妥協するか。
「……考えは、受け止めるわ」
「え?」
「……確かに、あれから四か月、何も進展がないのは問題だわ」
「はい……」
「……でも今日は、とりあえずそういうのは無し」
「そういうことであれば、もう言いませんが……」
……本当、じれったいけど。
「ありがとうね」
「え?」
「……聖陽が言ってくれない限りは、きっとこのままの何もしなかったわ」
「あ、はい……」
たまに見せる、こういう先輩っぽさも嫌いじゃない。
「……とりあえずは、手、繋いでみることを目標にする」
「ふふっ、そうですか」
「……だから今日は無しね」
「はい、そういうことであれば、了解しました」
「ええ……」
さて、決まった以上は楽しむのみか。
「それで、どこに行きますか?」
プルルルル……プルルルル……
「ごめん、ちょっと電話が……」
「あ、はい……」
……誰からかな?
「げっ……」
「如何しましたか?」
「……いや、なんでもないわよ」
「ああ、そういうことか……」
「……何よ?」
「もしかして、小村井先輩ですか?」
「……まあ、そうだけど」
ほう、正解か。
「出ないんですか?」
「……出ないってわけじゃないけど」
「デートのお誘いかもしれませんよ?」
「いや、そんなわけ……」
「ともあれ、出てみたらどうですか?」
「……まあ、そうね」
「私はあっちで待ってますので、気兼ねなく」
「あ、うん……」
「終わったら呼んでくださいね」
「ええ……」
「それでは……」
トコ……トコ……トコ……トコ……
「……もしもし、小村井?」
いやあ、しかし本当に暑いなあ。
「……どういうつもり?」
本当に、デートのお誘いなのかな?
「……今は聖陽と……いや、暇してるけど」
これは、あり得そうだなあ。
「……まあ、そこまで言うなら付き合ってあげてもいいわよ」
うーん、確定かな?
「……メールの場所に行けばいいのね? 分かったわ」
これで、私もお役御免かな?
「……ええ、それじゃあまた後で」
プー……プー……プー……プー……
「聖陽、終わったわよ」
「で、どうだったんですか?」
「……えっと、その、悪いんだけど」
「デートですか?」
「いや、ただ買い物に出掛けるだけよ……」
「ふむふむ、小村井先輩とデートに行くので私はお役御免という話ですね」
「そんなことは……」
「良いんです、良いんです、これが正しいあり方ですからね」
「いやでも、私から誘った以上は……」
「でも、もう決めちゃったんですよね?」
「それは、まあ……」
「じゃあ、今更じゃないですか」
「……良いのね?」
「むしろそれが本望ですよ」
「……じゃあ悪いけど、行くわね」
あれ、でもそれだと暇になっちゃうなあ。
「手、ちゃんと繋げるといいですね」
「まあ、その……うん」
「健闘をお祈りします、市ヶ谷先輩」
「……できる範囲でね」
「それでは、行ってらっしゃいませ」
「……行ってきます」
スタ……スタ……スタ……
「ふう、行っちゃったなあ」
誘った張本人は、想い人とデートに行き、誘われた私はポツンと一人。
「うーん、暇だ」
なんとか、暇つぶしの方法を探さないと……
「私もデートしようかなあ」
相手がいないからできないんだよなあ。
「まあ、今はそういうの興味ないし」
周囲の男子、みんな子供にしか見えないんだよね。
「もう少し大人の男性なら良いけどね」
一歩間違えたら犯罪になっちゃうけどね、私女子高生だし。
「彼氏見つけるとしたら三年の男子かなあ?」
少なくとも、同級生の男子よりは大人だよね。
「まあ、別に今はそういうのいいや」
市ヶ谷先輩にはああ言ってるけど、形式的な関係には本当に興味がない。
「形式で結びつける程度の関係なんて、本物じゃないよね」
彼氏彼女なんて言葉がなくても、本物の関係は揺らぐことがないんだよ。
「そう、あの二人のように」
それこそ、小村井先輩と市ヶ谷先輩なんてその理想形。今は付き合っていないみたいだけど、もはや早いか遅いかの世界というか、私がでしゃばるまでもないというか。
「だからこそじれったくもなるんだけど……まあ、私には関係ない」
きっとあの二人には、そういう形の言葉は必要ない、形なんてなくたって、崩れようがない関係性。
「あれ、でもなんで私、あの二人をくっつけたくなるんだろう?」
私が干渉しなくても、遅かれ早かれ二人の距離は縮まる。別にどうこうする必要もない。
「うーん、どうしてかなあ?」
まあ、細かいことは良いか。考えても仕方がない。
「そんなことより、暇つぶしですよ」
取り急ぎ、暇つぶしの方法を考えなきゃだよね。
「私が誘える人脈といえば……」
同じく書道部のメンバーくらいかな?
「いや、書道部以外にも曳舟さんがいるけど……」
曳舟典子。中学時代からの友人的な存在。
「でもダメか、外出自体が嫌いみたいだし」
彼女はとことんインドア系、今日も涼しい自分の部屋で、趣味に勤しんでいるに違いない。
「邪魔するのも忍びないしな」
彼女の場合、暇つぶしは一人で完結してしまう。無理に連れ出す理由もそこまでない。
「まあ、書道部メンバーしかないか」
私って割と友達少ないなあ。
「よし、適当に連絡してみよう!」
まあ、とりあえず……
プルルルル……プルルルル……
「……ん?」
電話を掛けようとしたその刹那、着信が入る。
「曳舟さん?」
なんだろう、向こうから電話してくることなんて、滅多にないんだけど。
「まあ、いいや、出てみよう」
何の用事かな?
「もしもし、曳舟さん?」
「中延、出たわね」
「どうかしたー?」
「えっとね……」
「うん」
「ちょっと家に来てくれない?」
「まあ、それは良いけど、何の用事?」
「暇なのよ、暇すぎる」
「暇なの?」
「そう、暇なの。流石に一人で趣味に勤しむのも飽きてきたわ」
「そうなんだね」
「夏休み中、毎日のようにやってるからね、さすがに飽きるわよ」
「そっか」
ふうん、曳舟さんにもそういうことってあるんだ。
「うん、だから来てくれない?」
「外じゃダメなの?」
「だって、暑いし……」
「外には出たくないんだね」
「熱中症で死ぬわよ」
「ずっと家にいるの?」
「そうね、死にたくないし」
「適切な水分補給と、適切な塩分補給すれば一日くらいは大丈夫だよ」
「でもなあ……」
「外ならいいよ」
「……どうして、そんなに外に出たがるわけ?」
「だって私、今外にいるし」
「じゃあ、何かの用事の最中ってこと?」
「ううん、今ちょうど予定が空いたところ」
「そっか」
そう、だから渡りに船ではある。
「ずっと引き込もりじゃ体に良くないよ?」
「うーん……」
「外で遊ぶなら付き合うよ」
「でもなあ……」
「どこか涼しいところに入ればいいんじゃない?」
「それだったら、家にいるのと大差ないでしょ?」
「電気代は節約できると思うよ?」
「まあ、それはあるけど……」
「どうする?」
「仕方ないわね、出ることにするわ」
「じゃあ、決定ね」
「どこに行く?」
「中延はどこに行きたいの?」
「私は別に、行きたい場所はないよ」
「それは困ったわね」
「ゲーセンとか、カラオケとか?」
「電気代減っても、結局お金は減るのね」
「それは仕方ないでしょ」
「まあ、電気代払うのは私じゃないけどね」
「家計が悪くなったらお小遣い減るかもよ?」
「まあ、それはそうだけど……」
「比較的、カラオケが安上がりじゃない?」
「どうして?」
「私たちは夏休みだけどさ、世間的には平日だよ」
「平日料金ってことか、確かに悪くないわね」
「うん、どうする?」
「じゃあカラオケでいいかなあ」
「オッケー、じゃあカラオケにしよう」
「どこのカラオケ行けばいい?」
「駅前のカラオケでいいんじゃない?」
「あの、昔からあるカラオケ?」
「そうそう、そこでいいんじゃない?」
「まあ、それでいいか。何時集合?」
「私は何時でも」
「じゃあ、準備でき次第向かうわ」
「了解、じゃあよろしくね」
「はーい」
「あ、曳舟さん」
「中延、どうしたの?」
「曳舟さん、デートとか行かないの?」
「どういう意味?」
「ほら、彼氏とデートとか」
「彼氏なんていないわよ、知ってるでしょ?」
「まあ、そうだけど……」
「変な中延」
「あ、ごめん」
「いや、別にいいけど……どうして?」
「ううん、なんとなくだよ」
「なんとなく、か」
「そうそう、だから気にしないで」
「了解」
「じゃあ、待ち合わせよろしくね」
「はい、それじゃあね」
プー……プー……プー……プー……
「さて、行こうかな」
※ ※ ※
「ねえ、曳舟さん」
「中延、どうしたの?」
「……やっぱり、歌わないの?」
「私は別にいいよ」
「うーん、でもな……」
カラオケ、何故だか私の独演会になっている。
「私は中延の歌聞いてるよ」
「スマホいじってるよね?」
「ほら、作業用BGMってやつ?」
「大体、スマホで何してるの?」
「普通にネットサーフィンだけど?」
「それ、家にいるのとあまり変わらないよね?」
「うん、まあね」
「着てるのもジャージだし」
「いいじゃん、中延しかいないんだし」
「それ、女子的にどうなの?」
「うるさいなあ、楽なんだよー」
「髪もボサボサだし」
「だって面倒だし」
「せっかく髪の毛綺麗なのに」
「面倒なものは面倒」
普通にしておけば、本当に可愛いのに。
「流石に独演会だと喉が疲れるんだけど?」
「でも私、歌うの好きじゃないし」
「じゃあなんでカラオケに来た?」
「ドリンクバー付きで涼しいから」
「まあ、そうなんだろうけどさ」
「中延、もしかして構ってほしいの?」
「え?」
「違う?」
「違わ……ないかな?」
「そう、じゃあお話ししよっか」
「うん、そうしよう」
「それで、何話す?」
「えっと、どうしよっか」
「中延、今日は何してたの?」
「何って?」
「予定が空いたって言ってたでしょ?」
「ああ、市ヶ谷先輩と出掛ける予定だったんだよ」
「ああ、あの人ね」
「市ヶ谷先輩に急に予定ができちゃってね」
「予定って?」
「デートだよ」
「ああ、あの人ね」
「そうそう」
「急に決まったの?」
「うん、どこか行こうってタイミングで小村井先輩から連絡が来てね」
「へえ、そっか」
「うん、お役御免って感じで」
「お役御免ねえ」
「本来、私は必要ないからね」
「必要無いって?」
「ほら、私は緩衝材みたいな感じだしさ」
「中延は二人にくっついてほしいの?」
「まあ、そうかな?」
「どうして?」
「どうしてって?」
「よくそんな、他人の恋路の面倒を見るような真似をするなあって」
「そんな、面倒だなんて……」
「私なら面倒でやらないよ」
「曳舟さんは基本的に、なんでも面倒でしょ?」
「まあ、そうだけどさ……」
「理由は分かんないんだ、よく」
「そうなの?」
「うん、別に私が関与しなくても、そのうちくっつく流れでしょ」
「それは違うんじゃないかな、中延」
「どういうこと?」
「中延がいるから、その流れができているんだよ」
「よくわからないな」
「中延がでしゃばらなかったら、進展無いんだと思うよ、知らないけど」
「そうかなあ?」
「歴史とかでもそうだしさ」
「歴史?」
「そう、割とよくあることだよ」
「歴史と恋愛が関係あるの?」
「より普遍的な話としてさ、淀みない理想は役に立つものなんだよ」
「淀みない理想?」
「そう、実現性はともかくさ、明確な目的を示す人がいるから、その流れに進めるわけよ」
「私がそれだってこと?」
「知らないけど、多分そうなんじゃない?」
「そうなのかなあ?」
「無意味ってことはないよ、多分さ」
「そっか」
「まあ、一円にもならないのによくやるなって思うけどね」
「そこはなんだろう、放っておけないというか……」
「まあ、いいんじゃない? それが中延がしたいことなんでしょ」
「まあ、そうかな……」
「でももう片方はどうしたの?」
「もう片方って?」
「ほら、中延が生徒会長になりたいって話」
「そこはまあ……色々と」
「具体的に何してるの?」
「……具体的にって?」
「勝つ算段というか、積み重ねというか」
「ほら、視野を広げているんだよ……」
「なるほど、何もしていないと」
「いや、だから視野を……」
「そんなだと、また負けちゃうよ?」
「ぐぐっ……」
「まあ、私には関係ないけどね」
「推薦人、もうやってくれないの?」
「だってあの人がやるんじゃないの?」
「あの人って?」
「市ヶ谷先輩」
「まあ、そうなるのかな?」
「もしかして、それすら考えていなかったの?」
「恥ずかしながら……」
「もう何か月もないんだしさ、そろそろ本気で考えたほうがいいんじゃない?」
「まあ、そうだね……」
「今年は誰が出るんだろうね?」
「梅島さんって人が出るみたいだよ」
「梅島さん?」
「生徒会で書記やってるんだって」
「それ、強敵じゃん」
「だよねえ」
「堅実に実務積んでるってことでしょ?」
「まあ、そうみたいだね……」
「また負けるね、中延」
「……そう思う?」
「勢いだけで勝てるものじゃないでしょ、こういうのって、日頃の準備が大切なんだよ」
「……そうかな?」
「去年の選挙も、まさに竜頭蛇尾って感じだったでしょ?」
「ぐぬぬっ……」
「反論できる?」
「……できないね」
「当日に参加決めて、ろくに準備もなしに公示日迎えたでしょ?」
「まあ……うん」
「まあ、私もあそこまで、選挙に準備がいるとは思わなかったけどさ」
「ちょっと油断したね……」
「公示日まで殆ど何もしなかったもんね」
「そうだったね……」
「公示日迎えてから始めたまである」
「これまた、お恥ずかしい……」
「演説も、ポスター準備とかも、すべてが中途半端でさ」
「あの時は……ありがとうね」
……曳舟さんには色々手伝ってもらったんだよなあ、急スパンで。
「いいよ、普通に楽しかったしさ」
「そっか……」
「例の討論会ってのも、それに忙しくて出れなかったでしょ?」
そう、準備に手間取ってしまった結果、ゲリラ開催の討論会には不参加になってしまった。
「また同じ過ちを繰り返さないように、今回はちゃんと準備するんだよ?」
「うん、留意するよ……」
「さて、お説教は終わり」
「ん?」
「一曲歌おうかな、せっかくのカラオケだし」
「え、歌うの?」
「ダメ?」
「ダメじゃないけど……」
「えっと、これにしよう」
ピッ……ピッ……
「何歌うの?」
「リンゴの唄」
「……え?」
「とぅっとぅるるー♪ とぅっとぅっとぅっとぅっとぅとぅるるるるー♪」
「これって……」
「あーかーいリンゴに♪」
……これカラオケで歌ってる人、初めて見たなあ。
※ ※ ※
「中延、どうだった?」
「……レトロだった」
「良い曲だよね、これ」
「まあ、良い曲だけどさ……」
「どうかした?」
「いや、なんでもない……」
まあ、趣味趣向は人それぞれだし。
「さて、これからどうする?」
「え?」
「もうすぐ、終了時間でしょ?」
「ああ、そうだね」
「最後に歌う?」
「良いよ、もう歌い尽くしたし」
「じゃあ、ウチ来る?」
「それもアリだな……」
プルルルル……プルルルル……
「中延、電話鳴ってるよ?」
「誰だろう」
「あの人じゃない?」
「市ヶ谷先輩?」
「さあ、知らないけど」
「あっ、市ヶ谷先輩じゃないね」
「まあ、とにかく出ちゃいなよ、待たせちゃうよ?」
「あ、うん……」
何の用だろう?
「もしもし、一羽ちゃん?」
鳩ノ巣一羽、書道部の後輩の女の子。ちょっと変な娘。
「聖陽さん、今よろしいですか?」
「うん、どうぞ」
「これから、お時間ありますか?」
「まあ、行けないことはないかな?」
「それじゃあ、あたしに付き合ってほしいんですが」
「何に付き合えばいいの?」
「買い物です」
「買い物?」
「司へのプレゼントです」
「百草園さんに?」
「はい」
百草園さんは同じ部の後輩。頭がおかしい人。
「誕生日か何か?」
「いいえ、司の誕生日は十二月です」
ああ、前にも聞いた気がするな。
「それじゃあ、どうして?」
「気まぐれです」
「特に理由はないってこと?」
「はい、なんとなくです」
一羽ちゃんって、よく分からないところ多いんだよな。
「お付き合い、頂けますか?」
「別にいいけどさ、男の人への贈り物なんて、私もしたことないよ?」
「それでもいいですから、お願いします」
「わかった、ちょっとだけ待ってね」
「はい」
よし、曳舟さんに聞いとこう。
「ねえ曳舟さん」
「行ってきなさいよ」
「え?」
「誰か知らないけど、お誘いなんでしょ?」
「うん、書道部の後輩の娘で……」
「私はこのまま帰るから、気にしないで」
「曳舟さんも来る?」
「私が集団行動すると思う?」
「愚問だったね」
「そういうこと、行ってらっしゃい」
「了解」
まあ、別にいいか。
「一羽ちゃん、良いよ」
「良かったです。それでは、メールで送る場所に来てください」
「すぐ向かうで大丈夫?」
「はい、待っています」
「じゃあ、よろしくね」
「はい、失礼します」
プー……プー……プー……プー……
「中延、モテモテだねえ」
「そんなんじゃないよ」
「人気者で良いことです」
「だからー」
「ふふっ、今日はありがとうね、中延」
「ううん、こちらこそありがとう」
「中延から用があるときも、遠慮なく誘ってね」
「了解、その時はお願いね」
「はーい」
「それじゃあ、お会計行こうか」
「そだね」
……さて、次は一羽ちゃんか。
※ ※ ※
木戸町、ショッピングモール。
「こんにちは、聖陽さん」
「一羽ちゃん、こんにちは」
「あれ?」
「ん、どうかした?」
「声、かすれていますね」
おっと、独演会の影響が……
「カラオケ行ってたんだよ、さっきまでさ」
「カラオケ?」
「うん、友達とカラオケに」
「もしかして、お邪魔でしたか?」
「ううん、ちょうど終わるタイミングだったから、大丈夫だよ」
「でも、そのあとに別の用事があったんじゃないですか?」
「特になかったよ、だから大丈夫」
「それなら構いませんが……」
「ありがとね、一羽ちゃん」
「何がですか?」
「気にしてくれたんでしょ?」
「まあ、あたしが誘いましたので……」
「百草園さんも変だなあ」
「確かに司は変ですが、何が変なんですか?」
「一羽ちゃん可愛いし、良い娘なのに、ピクリとも靡かないでしょ?」
「司には恋愛感情自体がないので仕方がないです」
「それ、本当なのかな?」
「どういうことですか?」
「もしかして、照れ隠しだったりしない?」
「照れ隠し……ですか?」
「違うかな?」
「違うんじゃないですか?」
「どうしてそう思うの?」
「あまりに、表情が変わらないじゃないですか」
「まあ、それはそうだけど……」
「あそこまでアタックしていたら、普通は揺らぎませんか?」
「うん、そのはずだけどね……」
「だから司には、恋愛感情自体がないんですよ」
「まあ、一羽ちゃんがそう言うならそうなのかな?」
「どうして、そう思ったんですか?」
「え?」
「なぜ、照れ隠しだと思ったんですか?」
「なんでだろう?」
「あたしが聞いています」
「まあその、なんだろうな、百草園さんも人間ではあると思うんだよ」
「人間?」
「そう、空腹になったらご飯食べるし、嫌なことがあればストレスにもなる、と思う」
「まあ、そうですね……」
「機械じゃないんだしさ、感情が無いだなんてあり得ないよ」
「なるほど……」
「なんでもいいから、感情を引き出してみればいいんじゃない?」
「感情を?」
「そう、恋愛感情じゃなくてもさ、感情をとにかく引き出してみるんだよ」
「それにどういう意味があるんですか?」
「ほら、突破口になるかもしれないでしょ?」
「突破口?」
「そう、蟻の一穴なんとやらって言うでしょ、感情さえ引き出せれば、それをきっかけになるんじゃないかな?」
「なるほどです」
「とりあえず、百草園さんの感情ポイントを発掘したらいいんじゃないかな?」
「妙案ですね、面白そうです」
「プレゼントにしても、そこを絡めたいよね」
「絡める、ですか……」
「多分、正攻法だと素通りしちゃうと思うんだ、百草園さんが想像もつかない部分を突けばいいんだと思う」
「なるほど、それならばどうにかなりそうです」
「どういうこと?」
「司の思考はトレースしてます、その逆を行けばいいってことですね」
「……トレースしてるの?」
「はい、前にも……いや、言ってないはずですね……」
「あれ、でも聞いたことがあるような……」
「気のせいですよ、話したことはないと思います」
「そうだよね」
「はい……」
なんだろう、やっぱり気のせいなのかな。
「でも具体的に言われると、なかなか思いつかないですね」
「そこはまあ、買い物しながら考えない?」
「そうですね、それがよさそうですね」
「それじゃあ、出発!」
「はい」
自分から言い出したものの、上手く感情を引き出す方法なんてあるのかな?