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恋のチカラ ~奇跡のひだまり~  作者: 小林汐希
第1部 いつか並んで歩いた道
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第26話 つべこべ考える暇はない




「ちわっす! ちょっと急いで入らせてもらいますね」


「おや、坂田ちゃん、どうした?」


 ビルの裏手にある守衛所に着いた俺は、作業着とヘルメット姿で扉を叩いた。


「ちょうどよかった。なんか、屋上の保安灯で警報が出たから見てくれってさ」


「おお、こんな日についてないねぇ。家族から言われなかったかい?」


 守衛のオヤジさんとはここを工事していた頃からの顔馴染みだ。これならいろいろと融通も効く。


「独り者だから呼び出されんの!」


 屋上の鍵をもらって、業務用のエレベータに乗る。


 いつも買い物に来ていた、あのビルの屋上。


 陽咲が写したのは、偶然にも俺自身が昔取り付けたもの。


 景色も間違いない。なんで早く気付いてやれなかったのか。このビルなら工事用の裏通路まで分かる。


 普段オフィスになっている上層階を抜けて屋上にどう出たのか、車の中で予想はついていた。


 エレベータが止まり、俺は陽咲が上ったはずの階段室に飛び込んだ。


 この非常階段なら、全フロアを貫いている。これをかけ登り、屋上の手前にある小部屋を確認する。


 予想どおりだ。喫煙所にも使われていたこの部屋の警報器は前から壊れていて、電源が切られていた。ここからなら階段の非常ボタンを押さずに外に出られる。


 そして愕然とした。見慣れた黒い靴が窓の下に置かれている。今や陽咲のものを見間違えたりしない。


「間に合ってくれ。陽咲、早まるんじゃねぇぞ」


 腕時計を見る。あの渋滞のせいで、すっかり遅くなってしまった。


 腕時計を見ると日が変わるまであと30分。あそこから動いてなければ間に合う。


 警備員も使う通常の通路ではなく、点検作業用の細い足場を伝って、その場所に急いだ。




「いた……」


 陽咲は座っていた。時々下を覗き込みながら一番端っこに、こちらに背を向けて腰を下ろしていた。


 叩きつける冷たい雨で俺の足音は聞こえていないようだ。ただ、あのままでは後ろからうかつに声をかけて、前に体重をずらしてバランスを崩せば、これまでの苦労を全て台無しにしてしまう。


 こちらは暗がりだから、保安灯で照らされている彼女の周辺はよく見る。


 雨と寒さでフードをかぶり、腕もコートの袖を通している。陽咲のお気に入りのコートだ。確か後ろには飾りリボンが付いていて、しっかり縫い付けられていたはず。


 余計なことを考えている時間はない。一か八かだけど作戦は決まった。


 足音を殺し、そっと背後についた。俺と足場を結んでいる安全ベルトの先にカラビナフックを取り付けて、それを気づかれないようにコートのリボンに引っかける。


 これで最低限の確保だ。だがまだ安心はできない。もうひとつ作業が必要だ。


「つかまえた」


 両腕で後ろからそっと抱き寄せた。同時に万一に備えて、彼女の体をビルの縁から引っ張り上げる。


「えっ?」


 寒さと、もうすぐ時間切れの恐怖で震えていたのだろう。


 それに、作業着にヘルメットの姿では、俺とすぐに分からなくても仕方ない。


 俺は素早くもう一本のベルトを陽咲にしっかり巻き付けた。体重がかかればさらに締まっていくタイプだ。これでどんなに暴れても陽咲と俺が下に落ちることはない。


「剛さん……?」


「俺の夢を……、潰すつもりだったのか? 陽咲が……、ひなちゃんが帰ってきて、俺の嫁さんになってくれるって夢を潰すつもりか?」


 俺は泣いた。陽咲を力一杯抱き寄せて。


「最後にね……、海が見たかったの。剛さんがここからなら海が見えるって教えてくれた」


「海なんか、何度でも連れていってやる。だから頼む、ひな! 俺の前から消えないでくれ!」


 雨なのか涙なのか、前なんか見えなかった。ただ、何があっても腕の中に収めた陽咲の体を放すつもりはなかった。


 俺の頬に、冷たい、でも確かな感触が触れた。


「見つかっちゃいました」


 冷えきった陽咲の顔から、熱い涙が流れ落ちる。


 腕時計のアラームはちょうど日付が変わったことを知らせた。



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