機会をすでに失っていた
醜いアヒルの子をイメージ
「運命の出会いがしたい……」
第二王子である自分がぽつりと呟くと、
「殿下にはすでに婚約者がいるではないですか」
と側近の一人が告げる。
「婚約者………ルイーゼか」
ルイーゼの顔を思い出してげんなりする。
王族と貴族の交流会であったお茶会。という名目の王子であった自分の集団お見合いで出会ったルイーゼは、婚約者候補の二番目だった。
………ちなみに一番目は一目見てあれはないなと一刀両断した。
赤いドレスに身を包んで、綺麗な黒髪をウェーブさせて、ドレスと同じ赤い目が魅力的な少女で、身分も外交向きな見た目も素晴らしいと思われてすぐに婚約者になった。
のだが、
「口うるさくなって、つれなくなって、口を開けば文句ばかりだ。あれでは恋も冷めるだろう」
出会った時は心惹かれたが、今では当たり前すぎて何とも思わない。
「まあ、それでも、ファウスト公爵令嬢よりもましだがな」
あれはない。
と呟くと。
「――リーシャに何か文句でも」
とお茶の用意をしていた別の側近が声を掛けてくる。
「わっ、悪かった!! ユリウス!! だから、無詠唱で攻撃しようとするな」
ユリウスはお茶の用意を中断して、無詠唱で水の槍を生み出していている。
「おや、失礼」
と一瞬で水の槍をしまう。
リーシャ・ファウスト公爵令嬢はユリウス・アルデンシュタインの最愛の婚約者であり、集団お見合いの時の婚約者候補の筆頭だった。
今は引退したが当時の宰相の孫娘で、聖魔術が使える金目を持っている令嬢という珍しい存在で、王族に迎え入れたいと父である陛下は思っていた。
だが、一目見てげんなりした。
まず髪がまるで老婆のように真っ白で不気味だった。
肌もボロボロで公爵令嬢なのに手入れがされていない感じで見る限り不潔に思えた。
特に手は痣やシミが汚らしくて彼女が触れた食器などしばらく見たくないと思わされた。
目は確かに金色だったが、それだけ。
不気味で気持ち悪くて、なんでこんな存在が第一婚約者候補だと言われるのかとげんなりしたのだ。
だからこそ、こんな婚約者はお断りだとそれらしい言葉を並べたてお断りした。
相手は公爵家だから、婚約をして権力を持つと兄である王太子の地位を揺るがしかねない。
聖魔法を使える人は数少ないのにそれを王家が独占していいものであるかとか。
ファウスト公爵家は一人娘だと聞いたので後継者はどうするんですか。自分が婿入りという話ですかetc.etc
そこまで話をして自分と結婚するにはいろいろ問題があると伝えたら、父は納得してくれた。
『そうだな。聖魔法を使える者は短命であるしな』
王族としての務めに支障が出るだろうな。と呟いた声はしっかり聞こえた。だったらそんな存在を婚約者の候補に入れないでほしいと思ったが口に出さない。
空気を読んだので。
そんなこんなで婚約者候補の第二位であったルイーゼと婚約をしたのだが、ファウスト公爵はその後ユリウスを自分の娘の婚約者にしたのだが。
(とんだ貧乏くじを引いたんだよな)
あんな物語に出てきそうな魔女のような令嬢の婚約者なんて。
しかも溺愛しているようなのだ。趣味が悪い。
ユリウスの用意してくれたお茶を飲む。
「相変わらず美味しいな」
ユリウスが調合した特別製のお茶を一口飲むとついほぉと息が出てしまう。
「専門は薬草学だからね。リーシャも褒めてくれるんだ」
とどこかドヤ顔で告げてくるが、あんな醜い婚約者に褒められてどうしてここまで喜べるのかさっぱり分からない。
「………ユリウスはその魔力で貴族籍を手に入れた魔術師だろう。なんでわざわざ薬草学を」
もともと庶民だったが、魔力が高いから貴族になれた者は魔術を高める事に生涯を費やすのがほとんどなのに。というかそれ以上努力をする時間も暇もないのだが、ユリウスはそこから薬草学を学んで、ユリウスが調合した薬が従来の薬よりも効果があると評判になっているほどだ。
そんなユリウスを手元に置きたいからという理由で婚約などと本当にファウスト公爵は何を考えているのだとユリウスの不幸を悲しむと。
「ああ。そういえば」
ユリウスが思い出したように。
「もうじき、卒業記念式典があったけど、パートナーは学園に通ってなくてもよかったんだよね」
と確認してくる。
「ああ。卒業して社会に出る前の練習の式典だしな。恋人や婚約者が学園に通ってなくても構わないし、在校生が練習をかねて組む事も出来る」
もともと上級貴族以外は世慣れしていないからその練習をするための場所であるし、婚約者を見せびらかす機会でもあるのだ。
もちろん婚約者や恋人でなくてもいい。あくまで練習であり、将来の事を考えて、交流を行うためにしてもいいし。……少しの火遊びでもある。
そんな絶好の機会をユリウスは婚約者に使うというのはもったいないと思うのだがと思うが口にしない。
自分はルイーゼと当然参加するが、正直、気が進まない。かといって、火遊びをしたいと思われるほどの存在にも会った事ない。
(運命的な一目ぼれというのを一度は体験してみたいよ)
今の環境に不足はない。だが、なんとなく刺激が欲しい。そんな想いがぶすぶすと湧き出ていたのだった。
で、記念式典。
当然ルイーゼをエスコートして参加をするが、最初のダンスを踊った後は完全別行動だ。
「殿下」
側近が飲み物を持ってくつろいでいるのでその中に加わる。その際、ウェイトレスから飲み物を受け取る。
「お前たちはダンスをしたか?」
「いえ、まだですね。後で踊ろうとは言いましたが」
「俺は踊りましたよ。最初と最後のダンスをしたら好きにしていいと言われましたので」
側近たちの話を聞きながらゆっくり寛ぐ。その間にもダンスに誘われたいとうろうろしている女子生徒の姿があるのだが、目を合わせたらこのゆっくりしている時間が一瞬で終わるので慎重にしている。
「ユリウスは?」
まだいない側近の一人を思い出して尋ねる。
「まだ、見えては……」
と言った矢先会場の入り口から歓声のような悲鳴のような声が響き渡る。
ついそちらに視線を向けるとそこにはユリウスが真っ白いドレスに身を包んだ女性と共に現れた。
どきんっ
その美しさに心が躍る。ああ、恋をしたい。一目ぼれという感覚を味わいたいと思っていたが、まさしく今の状況こそそれだ。
彼女の動き一つ一つ目が離せない。
「誰だ……あの綺麗な人は……」
「ファウスト公爵令嬢じゃなかったか!? ユリウスの相手はあの……」
醜いと有名な。
側近が言葉を濁しているとユリウスがにこやかな笑みを浮かべて、女性とともに会場の真ん中で踊りだす。
他にも踊っている人たちはいたが、完全に二人が主役だった。
「ユリウス」
「っ殿下」
踊り終わると二人が飲み物のある場所に移動し始めるのでユリウスを呼び止める。
ユリウスと共にこちらに来て綺麗なカーテシーをする様に見とれてしまう。
「ユリウス。そちらの方は?」
ごくりと唾を飲み込み。下心を見せないように問い掛けると。
「ファウスト公爵が娘リーシャと申します」
と自己紹介をして頭を下げる。
「そうか。リーシャ嬢か。んっ? リーシャ嬢?」
まじまじと失礼になるほど凝視してしまう。
絹糸のような艶やかな銀色の髪。
白魚のような指先。
しっとりと水気を含んだような肌の弾力。
確かに目は金色だが。
昔お茶会で会ったリーシャ嬢と全く違う。
「どういう事だっ⁉ だって、ファウスト公爵令嬢はっ⁉」
「――聖魔法の使い手は自分の生命力と引き換えに聖魔法を行うので、使えば使うほど体がボロボロになってしまっていたのですよ」
そっと大事そうに腰に手を回してユリウスが告げる。
「ユリウスが、聖魔法の使い手が使い潰されないように回復薬を作ってくれて、ずっとボロボロだった身体もすっかり良くなったんです!!」
と嬉しそうに微笑むリーシャ嬢。
その微笑み一つすら見とれてしまうほど魅力的で。
(ルイーゼではなくリーシャ嬢を選んでいたらこの微笑みは自分が向けられたのではないか)
とありもしない幻想を抱いてしまったのだった。
ユリウスは自分の婚約者に向けられる視線にかなり呆れていた。
ユリウスは元は魔力の高いただの子供だった。
出身地の地名であるアルデンシュタインを姓にしているが苗字もない子供であった自分は、ある日自分の命すら削って家族を助けてくれた少女に恋をした。
彼女の聖魔法は命を削るもので、公爵令嬢だから今まで生き存えてきたのだと、聖魔法の持ち主は聖魔法を使うかわりに肉体を維持するためのエネルギーを摂取できずに亡くなっていたのだと歴史書にあったので彼女を助けたくていろんな方法を試した。
そのための薬草学だ。
そして、生きるのを諦めていたリーシャを必死に説得して、治療してきたことが功を為し、婚約したのだ。
(見た目ごときで接し方を変えるような相手がリーシャに相応しいわけないだろう)
最初に機会があったのはそっちだし、何かする方法も自分という庶民よりも王族が命じてやらせれば何とかなったかもしれないのにそれをしなかったのはそっちだ。
そんな者達が指くわえているのを気にも留めずに十分に見せびらかすのであった。
白鳥になるようにずっと傍にいたのは自分だ!! byユリウス