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まさかの巻き込まれ!

短編にしようとしたのにできなかったです。

暇つぶしになれば嬉しいです。よろしくお願いします。


 ひんやりとした空気に意識を取り戻す。

ぼんやりとした視界で周りを見回せば、石で作られた壁が四方を囲んでいた。

 薄暗いが、壁に掛けられたランプの光で何も見えないということはなかった。


(どこ?ここ……)


 混乱した頭で記憶を辿る。視線を自分の身体に向けると、バイトで支給された赤と紺のエプロンが視界に入った。

(確か、バイト先で接客していたはず。それで、突然……)


 思い出してハッとした。


 私は、新山かすみ。三十七歳。

 二十代の後半で結婚して、その一年後に息子を出産。今、息子は十歳。しばらく子育てに専念していたが、大好きな旦那と最愛の息子のため貯金をしようと飲食店で働き始めた。

 そして今日、一人の女子大生の接客の際、足元が目映く光って思わず目をとじて今に至る。


「……っう」


「!?」


 隣からうめき声が聞こえて振り向くと、そこには光に飲み込まれる前に接客していた女子大生が横たわっていた。

 サラリと背中まで流れるストレートの黒髪、センスの良い服装。閉じた瞼は長いまつげに縁取られている。切れ長の目は冷たい印象を与えるが、注文をしたその声は鈴を転がしたように綺麗な声だった。


「あの、大丈夫ですか!?」

 

 声を掛けてその細い肩を揺すると、女子大生はゆっくりとその瞼を上げた。


 しばらく彷徨っていたその目は私を認識すると、勢いよく身体を起こした。


「えっ!店員さん?ここ、……え?ここどこですか?」


「わかりません。私も今、目を覚ましたところです」


「そんな……」


 青い顔をした女子大生は、自分の手のひらを見つめて震えた。


 震える肩にそっと触れると、女子大生は涙を浮かべた顔を私に向ける。とりあえず落ち着かせようと、幼い頃の息子にしていたように抱きしめて背中を優しくポンポンと叩く。

 女子大生は私の服を掴んで、ポロポロと涙を流した。

 

 しばらくして落ち着いたのか、女子大生が目元を拭って顔を上げた。


「すみません。ありがとうございます」


「いいえ。動けるようでしたら、とりあえず壁とか見てみますか?」


「そうですね。何もしないよりはいいですよね」


 そう言って二人で立ち上がった時、数人の靴音がして、私たちは身を寄せて周りを見回す。すると石壁だと思っていた一カ所に、突然扉が現れ、重たい音を響かせながら開いた。


 入ってきたのは、数人の男性だった。先頭の男性はフードの付いたローブを着ていて顔は見えないが身長は高いし細身。手には杖を持っている。

 その後ろに、豪奢な服をきた人物がいた。身長はローブを着た男性より頭一つ高く、その容姿は彫りの深い顔立ち。金色の髪に青い瞳。絵本に出てきそうな王子様の数年後みたいな壮年の男性だった。

 その彼の後ろには騎士服を着た人たちが四人。いずれも整った顔立ちだった。


 現れた人たちは、私たちの姿を見ると驚いた顔をした後、喜びに変わった。


「おお!召喚は成功したのか!……二人?」


 豪奢な服を着た男性が困惑した声を出す。そして傍らに立つローブを着た男性に問いかけた。


「どちらが本物の聖女様なのだ?」


 ローブを着た男性も、表情は見えないけど困惑している様子だった。首を傾げて考えるように顎に手を当てている。


「古代魔法書には、聖女様は長い髪をしていたと」


 私たち二人は顔を見合わせた。どちらも髪が長い。違いは、私は仕事の邪魔になるので首の後ろで括って三つ編みにしている所だろう。それを見た豪奢な服を着た男性は、女子大生の前に進み出た。


「突然のことで驚いていることだろう。私はこの国、ロイリンス王国の国王、ファイス・フォン・ロイリンスという。あなたの名前を聞いてもいいだろうか?」

 

 柔らかい物腰で問いかけるダンディな男性に、女子大生は少し顔を俯け名乗った。


「私は、アヤネ、といいます。あの、ここは地球ではないのですか?」


 女子大生、アヤネさんの問いかけに、国王様は頷いた。


「あなたがいた世界は、チキュウと言うのか。申し訳ない、この世界はあなたがいた世界とは異なる世界だ」

「私たちは、元の世界に戻れるのでしょうか?」


 その問いには、国王様は難しい顔をした。応えたのはローブを着た男性だった。


「今この国には、危機が訪れています。それを解決できるのが聖女様なのですが、この国の聖女様は二年前に逝去され、次代の聖女様は、その……あまりお力が強くなく、危機的状況を打開するため、遙か昔、異なる世界から聖女様を召喚したという伝説をもとに研究を重ねて、新たな聖女様をお呼びした次第です。遙か昔にこの世界に来ていただいた聖女様は晩年をこの世界で送られたので、元の世界に戻れるのか、検証したことが無くて……」


「そんな……っ!」


 思わず叫んでしまった私に、全員の視線が集まる。たくさんの視線に怖ろしくなって、口を手で塞いで一歩下がる。


「こちらの女性は、聖女様のお付きの方ですか?」


「ち、違います!この人は私と一緒にこの世界に連れてこられた人です。そんな言い方しないでください」

「それは、失礼しました」


 アヤネさんの言葉に、ローブの男性は私に向けて頭を下げた。


「いえ、あの、すみません。話の腰を折ってしまって」


「いえ」


 しばらく沈黙が続き、国王様が沈黙を破った。


「話はここを出てからでいいだろう。ここは冷える。さあ、こちらへ、温かいお茶を用意させよう」


 そして私たちは、騎士達に連れられ、石壁の部屋から王宮へと連れて行かれた。その道中で私も名前を聞かれて、カスミとだけ応えた。


 階段を上って外に出ると、目映い日の光に目を細める。時間的に昼過ぎなのか、太陽は中天にあり日差しがサンサンと降り注ぐ。

 私たちが現れた場所は木々に囲まれ日陰が出来ていていた。全員が階段を上りきると、ローブの男性が杖を掲げる。すると通ってきた道が一瞬で見えなくなった。物語の中でしか見たことの無い現象に、現在の状況を頭の隅にやって、純粋にワクワクした。それはもしかしたら、脳が現実逃避を推奨しての結果だったのかもしれない。


 それから森を抜けしばらく歩くと、どこかの宮殿のように大きな建物が見えてきた。


「あれが、これからあなた方においでいただく王宮です。何か欲しいものがあれば、王宮の使用人に伝えていただければ、手配します。何かあれば彼らに言って下さい」

「わかりました」

「ありがとうございます」


 国王様の言葉に、アヤネさんと頷く。


 王宮に着くと、そのまま国王様の執務室に連れて行かれた。そこで身の回りの世話をしてくれる侍女を紹介された。アヤネさんと私に二人ずつ付いてくれるらしい。年配のアンナさん、三十代のキャスさん、二十代のソリスさんとマリーナさんの四人。四人とも親しく挨拶をしてくれたことに、ホッと息を吐き出した。


 アンナさんとソリスさんが私に、キャスさんとマリーナさんがアヤネさんに付くことが決まった。


 国王様は侍女さん達を下がらせ、改めて私たちに話をした。


「改めてこの世界に来てくれて感謝する。突然呼び寄せたことは申し訳なく思うが、どうか力を貸して欲しい。今、この国は魔物に侵攻を受けていて、なんとか食い止めているところなのだ。先代の聖女様が張ってくれた結界が魔物を食い止めているのだが、その魔力もいつまで保つかわからない状況。次代の聖女様に結界の維持をお願いしたのだが……。」

 

 そこまで言って、国王様は片手で額を押さえため息を堪えるように目を瞑った。国王様の言葉を引き継いだのは、ローブを着た男性だった。


「次代の聖女様は魔力量はあるのですが、結界を張るための勉強より恋愛のほうを優先させていて、あまり進んでいないのです。何度か結界維持のための勉強をしてほしいとお願いしたのですが、機嫌を損ねてしまってそれ以後その話を聞いてくれなくなりました。事態を重く見た陛下が異世界の聖女様の話を思い出して、我々があなた方をお呼びした次第です」


 話を聞いていて、唖然としてしまった。自分の国が、もしかしたら明日には魔物に襲われるかもしれないのに、恋愛にうつつを抜かしているこの国の聖女の行いに、開いた口が塞がらない。

 しかもそれを私たちに話しても良かったのだろうか?


 それが顔に出ていたのか、国王様は疲れたように苦笑した。


「この話をあなた方にしても大丈夫です。なにせ、全員が知っていることなので」

「全員、とは?」

「全員、ですよ。城の大臣達、侍女、侍従たち、騎士団、魔術師団、他にも。ただ、救いは民達にはこのことが知られていない、ということです。こんなことが知れ渡ったら、国は終わってしまう。それは避けねばならない。だからこそ、申し訳ないがあなた方をこの世界に呼んだ次第なのです」


 ローブを着た男性の説明を聞いて、アヤネさんと顔を見合わせる。


「それで、私たちはその結界の維持のために呼ばれたということですか」

「はい。お願いします」

「いつまで、なのでしょうか?」

「期限は、すみません。はっきりしたことは申し上げられないです。少なくとも、十年以上には」

「十年……」

「そんな……」


 途方もない時期に、アヤネさんと絶句する。


 そんな私たちを見て、ローブを着た男性と国王様は希望は叶えられることは叶えると約束してくれた。

 それからいくつか話をして、私たちは魔力量や属性を調べる為に、国王様の執務室から出た。


 連れて行かれた部屋は、壁に本棚が並び、部屋の中央に大きな机が置いてあるだけの広い部屋だった。


「ここで調べさせてもらいます。では、こちらへ」


 部屋の中央にある机まで案内されて、初めてそこに手のひら大の水晶が置いてあることに気づいた。


「この水晶を手に取って下さい。水晶が光ってその色で属性を、光の強さで魔力量を調べます」


 ローブを着た男性は机の反対側へ回り、机を挟んで私たちの対面に立った。まずはアヤネさんが水晶を手に取った。

「温かい……」

 すると水晶が虹色に光り輝いた。その光は部屋全体を白く染める。

「なるほど。アヤネ様は聖女様と同じ属性ですね。それに魔力量も問題ないようです。現聖女様より多いようですから。それでは、カスミ様お願いします」

「はい」

 アヤネさんが机に置いた水晶を、ドキドキしながら手に取る。

 冷たいと思った水晶は、温もりをもっていて、カイロを持っているような感覚だった。


 指先から温もり、それが腕を通って身体に流れ込んでくる。それが今度は巡るように水晶に流れ込む感じがした。

 いつの間にか瞑っていた目を開くと、水色の光が部屋を満たしていた。

「カスミ様は水の属性のようですね。魔力量はアヤネ様より少ないようですが、それでも魔術師団員くらいの魔力量はあります」

「そうですか」

 光が収まった水晶を机の上に戻すと、その瞬間軽い破裂音がして水晶が砕けた。

「え、」

「え」

「え?」


 机の上で粉々に砕けた水晶を、三人唖然としてしばし無言で見つめる。

「……」

「劣化、ですかね」

「そ、そうかもしれないですね……」

 言葉をなくしたローブを着た男性に、アヤネさんと私がそう言った。

 ハッと意識を取り戻したローブを着た男性は、咳払いを一つして何事も無かったように私たちを誘導する。


「これで属性と魔力量を調べるのは終わりです。廊下に侍女達が居ますので彼女たちの案内で、お部屋まで移動をお願いします。今日はゆっくり休んで下さい。明日、またお話をさせていただきます」


 そう言って、自らドアを開き私たちにお辞儀をした。廊下に一歩出ると、先ほど紹介された侍女のアンナさんたちが待っていた。


「では、こちらへ」

 ニコリと笑みを浮かべたアンナさんたちの後ろを、アヤネさんとついていく。ちらりと後ろを振り向くと、ローブを着た男性は、扉のところでお辞儀をしたままだった。

 

 アンナさんたちに案内された部屋は、アヤネさんと対面の部屋だった。アヤネさんと部屋の前で別れ、アンナさんが開けてくれた扉を潜ると、そこは別世界だった。

 部屋は広くて、壁紙はパステルグリーンで白抜きで模様が描かれていた。調度品はシックな色合い。昔テレビで見た、ホテルのスイートルームのような部屋。

 部屋に入って右側の扉が浴室、左側が寝室だと説明されるが、部屋の広さと豪華さに圧倒されてあまり聞いていなかった。


 呆然としている私を、どう思ったのかアンナさんが心配そうに聞いてきた。

「お気に召しませんでしたか?」

「い、いいえ!素敵な部屋で言葉が出なかっただけで!」

「そうですか。もし何か至らないところがあればおっしゃってください」

「はい……」


 アンナさんが入れてくれた紅茶を、ふかふかのソファーに恐る恐る腰を下ろして手に取る。カップはほどよい温度で、紅茶も飲みやすい温度だった。

 いつも自分で入れて飲んでいる紅茶とは全然違ってとても美味しくてびっくりした。砂糖を入れていないのに甘さがあり、スッキリと喉を通って行く。思わず吐息が口からもれた。


「ホゥ。美味しい」

「ふふ。ありがとうございます」

 私の呟きを聞いて、アンナさんが微笑んだ。それに私もつられて笑みを浮かべた。

「少し、落ち着かれましたか?」

「そうですね」

 紅茶の水面に映る自分の顔を見つめる。

 年齢を重ねた疲れたおばさんの顔。皺はないけど。


 アンナさんは給仕をしたあとソリスさんと共に壁際に控えるように立った。ソファに座っている私に、立っているアンナさんとソリスさん。居心地悪くて、二人に声を掛ける。

「あの、一緒に座って飲みませんか?」

 私の言葉に、アンナさん達は一瞬驚いたが、柔らかい笑顔を浮かべて首を横に振る。

「いいえ。私どもはカスミ様のお世話をするように言われておりますので、お気になさらず」

「そう、ですか……。でも、今日だけ一緒にお茶を飲んでくれませんか?お願いします」

 立ち上がって頭を下げると、アンナさんとソリスさんは困惑した顔でお互いを見たあと、苦笑してソファまで来てくれた。そしてその日は三人で楽しく話をしながら、お茶を楽しんだ。


 夕食はアヤネさんと二人で、食べた。食事は美味しくて楽しく過ごせたが、心の奥ではお互いこれからの不安を抱えているのがわかっていた。


 お風呂の準備が整ったと言われ、アンナさんたちに案内してもらった。洗うのを手伝うと言われた時は全力で断った。本などで読んだことはあるが、自分で体験したいとは思わなかった。


 次の日、迎えに来た騎士さんにアヤネさんと共に昨日話を聞いた国王様の執務室へ案内されて向かった。

 扉の前に立っていた護衛騎士が扉をノックして入室の確認して、扉を開けた。

 護衛騎士に目礼をして部屋に入ると、国王様は執務机に積まれた書類を次々と処理していた。


「失礼します」

「ああ、すまない。少し待っていてくれ」


 書類から顔を上げず、国王様はそう言って書類を捌く。侍女さんに案内されて、応接セットのソファにアヤネさんと並んで座る。待ってる間、お互いの格好を見て苦笑した。

 私は、淡いグリーンのドレス。アヤネさんはゴールドの糸で精緻な刺繍を施された、ホワイトパールのドレス。アヤネさんに聞くと、先代聖女がお祈りの時に着ていた衣装なのだとか。


「私が着るなんて恐れ多いって伝えたんですけど、是非に、と押し切られてしまって…」

 苦笑するアヤネさんに私も苦笑を返す。私もこのドレスに落ち着くまで、アンナさん達と押し問答をしてしまったことを話した。シャンパンゴールドやローズピンク、ライムグリーンなどのドレスを出されてその全部を辞退して、アンナさんたちの様なお仕着せを希望したら、全力で拒否され結局今着ている淡いグリーンのワンピースタイプのドレスに落ち着いた。それでもアンナさんたちは飾り足りないと言う顔をしていたけど、全力で見えないふりをしたのだ。

「私にははっきりした色は似合わないので」

「そんなことはないと思います」

 アヤネさんのフォローに苦笑を返した。


 そんな話をいろいろしていると、国王様が書類から顔を上げ羽ペンを置いた。

 椅子から立ち上がり応接セットの一人用のソファに腰を下ろすと、テーブルに紅茶が運ばれてそれぞれの前に置かれた。侍女さんが離れると、国王様はカップを手に取って一口飲み、一息をついた。


「ふう。お待たせした。今日から、二人に魔術の使い方を学んでもらおうと思う。結界の維持も大事だが、まず力の使い方を学ばねばならぬからな」


 その言葉に二人で頷くと、扉がノックされた。侍従が対応して、国王様に耳打ちした。国王様は頷いて入室を許可した。

「丁度いいタイミングだ。二人の教育係を紹介しよう」


 扉が開いて、部屋に入ったのは二人。一人はこの世界に来てから出会ったローブを着た男性、もう一人は白い法衣を着た老齢の男性だった。


「まず、こちらは教会の枢機卿であるラフォル・ファレス殿」


国王様はそう言って白い法衣を着た老齢の男性を示した。紹介されたラフォル様は柔和に微笑んで頭を下げた。

 アヤネさんと慌ててソファから立ちあがろうとしたが、国王様に手で座るよう示され、アヤネさんと二人顔を見合わせて、大人しくソファに腰を下ろした。


「もう一人はすでに知っていると思う」


 ローブを着た男性へ視線を向けると、ローブの奥から苦笑がもれた。


「恐れながら陛下、お二人は私の顔も名前も存じないかと」

「なんと?」


 驚いた顔をして国王様はこちらに視線を向けるが、その通りなので二人同時に頷いた。


 私たちの動きを見た国王様は、思わず失念していたと一言こぼし改めて紹介してくれた。

「彼はこの国の魔術師団の団長で統括責任者だ。名はサリュウス・クリストと言う」

「改めて、サリュウスといいます。よろしくお願いします元は平民なのでどうぞサリュウスとお呼びください」


 そう言いながら、サリュウスさんはフードを後ろに払って顔を露わにした。髪は頭頂部から群青色だが毛先は黒色だった。その髪が覆う肌は陶器のように滑らかで健康的な色をしている。瞳の色は髪と同じ群青色だった。

 一言で言うと、美男子!


 サリュウスさんがニコリと微笑むとその背後に花が咲き誇って見えた。だけど、首の後ろがチリっと痛み、見惚れそうになるのを抑えた。隣のアカネさんも何かも感じたようで、頭痛を堪えるように眉間に皺を寄せて、こめかみを指で押さえていた。

 顔色が悪くなったアカネさんが心配になってその背を手で撫でて、声をかける。

「アカネさん、大丈夫?」

「はい…。ちょっと、いえ、大丈夫です」

 アカネさんはチラリとサリュウスさんに視線を向けたけど、すぐに、俯いた。

「サリュウス」

「はい」


 国王様の言葉に、サリュウスさんはまたフードを被った。

途端、アカネさんは息を吐き出して身体の力を抜いた。どういうことかわからなくて、私は国王様に視線を向けた。


「これから話すことは、他言無用で頼む」

「はい」


 まだ具合が悪そうなアヤネさんの手を握り、頷いた。アヤネさんも手を握り返してくれ、頷いた。


「サリュウスは強い魔力を有している。その上平民だったため、幼い頃からその魔力を狙われて何度も誘拐されたことがある。自衛のために身に付けたのが『魅了』の力だ。効果はサリュウスの笑みを見ると、忽ちサリュウスの虜になってしまう、というものだ」


 国王様の話を聞いて、違和感を感じた。教育係を紹介するのはわかる。だけどサリュウスさんを紹介したとき、国王様は失念していたと言ったはず。そして『魅了』のことは他言無用だとも。それならサリュウスさんがフードを後ろに払って顔を出したとき、多少でも咎める様子があるはずなのに、そんな様子はなく、むしろ確認は完了したからもういいぞ、と言う雰囲気だった。表情からは読めないが。


「国王様、一つよろしいですか?」


「なんだ?カスミ殿」


「先ほど、私たちを試されましたね。本当に聖女なのか」


「え?!」


 驚いたアヤネさんは、私と国王様を交互に見つめた。国王様は表情を変えなかったが、一瞬だけ驚いたように見えたのは気のせいか。


「何故、そう思うのだ?」

「他言無用なのに、サリュウスさんがフードを取るのを咎めなかったから、ですかね。紹介を失念していたのも、もしかしたらわざとだったのではないですか?知っているより知らないほうが驚きは大きいでしょうから」


 しばらくの沈黙が部屋に満ちた。その間、私は自分の発言が間違いだった可能性を考えて冷や汗が止まらなかった。膝に置いた手を握りしめたとき、沈黙を枢機卿のラフォル様の笑い声が破った。


「ふぉふぉふぉっ。陛下も歳を召されたな。策を破られるなど、これが国交交渉だったなら我が国は敗れたことになりますぞ。相手の国から無理難題を押し付けられたり、無茶な要求を受けることになる。だからどんな相手でも侮るなと申し上げたのに」

「わかった!わかった!確かに侮っていたことは認めよう。二人とも、試すことをして申し訳なかった」


 国王様に頭を下げられ、こっちが慌てる。


「あの!やめてください、頭を上げてください!」


 わたわたしてると、国王様が頭を上げてくれたので、ホッとした。そして改めて説明をしてくれた。


「サリュウスの『魅了』の話は本当のことだが、他言無用とは違う。知っている者も何人かいるのだ。魔術師団の団員は皆知っているし、対策もしてある。それで、今回二人を試したのは

次代聖女と同じかどうか確認したかったからだ」

「あの、恋愛に現をぬかして結界を維持する勉強をしないと言う?」

「う、うむ…」


 アヤネさんの言葉に、国王様は苦虫を噛み潰したような顔を伏せた。


「次代の聖女、名前をリリアンネというのですが、彼女が私の顔を偶然見てしまって、」

「同じように具合が悪くなったのですか?」

「いえ、『魅了』に掛かってしまったのです」

「え?」

「でも、私たちは掛かってないですよね」

 アヤネさんと顔を見合わせて首を傾げた。





 

ありがとうございました!

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