怒り
「ああ、マチルダ、夏の特別講義に出るから後でスケジュールを共有しておく。確認してくれ。」
このprojectに携わって初めての夏季休暇を前にしていた。
仮親は育英都市での教育とそれぞれの進路に向けた特別なカリキュラムを組むことができるとこちらに来る前に案内がなされた。
私も、事前に製菓の特別講義を申請していたのだが…。
「コーディネーター、2年次に実技科目を移動させて、2年次のレポートをこの夏の課題としてもらえないでしょうか?
パートナーの特別講義のために実技科目に出かけられないのです。」
projectには一家庭に一人、コーディネーターと呼ばれる人間が位置づけられている。
こうしたカリキュラムの調整や、仮親と被験者が高等教育都市で生活していく上で経歴などの整合性を調整していく役割がある。
大抵は、仮親の努めを終えた元仮親が副業としてコーディネーターをしていることが多い。
「特別講義や進路のことをパートナー、ルーに伝えたのかい?」
タブレットのチャットに返信がつく。
ルーにはどうして製菓分野を目指すのか、を話してはいない。
それを話すには和音さんのこと、例外で育英都市から高等教育都市へ入ったことは黙ってはいられないだろう。
一般的な被験者から仮親への進路を歩むルーに想像がつくだろうか?
たくさんの疑念があり、話すことは断念している。
「進路のことをルーに話さなければならないということは、和音さんのことも説明しないといけない。
それだけはできない。」
私は育英都市で育ったから、一般的なイオネウスで育った仮親とは違うかもしれません。
projectで初めて連絡を取ったとき、本人から申し出られたこと。
育英都市で父親一つの手で育てられ、父親を亡くして特例で養育惑星に引き取られた。
彼女の父親は本来であれば亡くなる予定ではなかったから、WCCの予定軸から外れてしまったと認識されたためであろう。
そのことを説明しても理解されないかもしれない、それが彼女の恐怖心を煽っているのだろう。
「わかった。ルーのカリキュラムを逆にして来年はマチルダが実習を受けられるように調整しておこう。」
ルーのプロフェッサーにはそれとなく事情を伝えておいて、と。
それにしても、ルーは家庭を持つのに向かない性格なのかもしれない。
マチルダの表情や言動を普段から注視していればマチルダも受けたい特別講義や出かけたい場所もあるだろうに。
まるで、昔の自分を見ているようだとイライラしてならない―――