現実
「ルー、プロフェッサーの都合で君のカリキュラムのうち今年度と来年度の講義を今年度に、その代わりに今年度のレポートを来年度にとなった。日程調整はしておいた。」
今年度のプロフェッサーは業界でも名が知れている人だ。
きっと、多忙なんだろう。それにそんな有名人の講義を受けられるなんてついてる。
このコーディネーターとの相性もいいし、この人に任せてよかったと思える。
「差し出がましいようだけど、マチルダさんとは今回の講義の日程を話し合ったのか?」
マチルダには講義の日程を伝えてあるし、特にこれと言って話すことはなかったと思う。
だから、何も気づかないでいた、気づかないつもりで見て見ぬふりをしてしまったのかもしれない。
「ルー?あなたの講義の期間ルビーを連れて里帰りをしたいんだけど…。」
このプロジェクトの被験者は成長すれば仮親になることが大半だ。
国も内実を知って仮親を演じてもらいたいと考えているのだろう。
どうせ、仮親のもとに戻るのだろう。一人でルビーの相手もしなくていいのなら許さない訳はないだろう。
それよりも有名プロフェッサーの講義が楽しみすぎる…。
「それじゃ、あとお願いね。
山田さんにはアクセスしておくから何かあったらこっちのデバイスから通知が出ると思う。」
これから向かうのは育英都市トロント。
私の生まれ故郷。
6歳の旅立ちの時、帰りたいという意思のもとで和音さんのお店、パティスリーパッパの権利を国から買い取ることにした。
将来お店を営むことを目標に日々準備はしてきた。
生活の最低限度の支度や掃除に時々は帰っていた。
「こんなことに使うなんてね。」
このパティスリーパッパは、住み込みでの営業ができる造りになっている。
和音さんからお店の権利を引き取ったときに知ったこと。
和音さん一人であればここで過ごしてお店を営むこともできただろう。
でも、そうしなかったのは…。
「きっと、和音さんも孫を歓迎してくれるよね。」
ルビーをここに連れてくることに迷いがあった。
ルビーとはただ一時、WCCの通知を受けたから家族を演じているだけの関係。
私と和音さんとの関係とは…。
「さくちゃん、帰ってきていたのかい?」
買い出しに出かけたショッピングモール、見慣れた顔に10年ぶりに会った。
篠さん、この都市で遠山 さく、として活動していたときのマネージャー。
和音さんのことを一番に教えてくれて、和音さんのイトコの下で暮らしていると信じ幸せを願ってくれた…。