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金曜日はFriday  作者: 夏凪 めぐり
2/3

2.甘さ控えめシフォンケーキ


(さとる)、すまん少しいいか?」



「なんだ。晴人(はると)。」



「暁だから頼むんだが…」



椅子に座るように勧められる。

話の内容は今日撮るシーンの役者さんが1人だけ欠席でいないと言うことだった。それだけでなく、その代役をやれということだった。俺は口を結んで考え込む。



-老人役なんて御免(イヤ)



「出演する側は嫌?」


俺の顔色をを伺いながら提案してくる。強制されてもやりたくない事はしない性格を知っているからだろう。昔はこんなに人の性格を考える奴では無かった。俺は思いに()ける。現場の埃の匂いと一緒に昔の記憶が蘇ってくる。


俺と晴人は高校生からの腐れ縁。晴人は教室の隅っこにいるような奴だった。今や有名映画監督〖朝日(あさひ) (つばさ)〗なんて言われているが。アイツは監督を目指して、もう27年となるのか、と疑いながら高2まで逆算した。アイツの苦労が刻み込まれた顔を見るとその年月も頷ける気がする。俺はずっと、晴人のそばでカメラマンとして働いてきた。だから、監督としての能力の高さは1番身近で嫌というほど見せつけられている。アイツは凄い。何が凄いのか、それは適役を見つける能力に長けていることだ。役に合う役者をしっかりと呼び込む。選ばれた役者の色彩(いろ)が大きなパレットの上で輝いているのだ。



-余りものの脇役(サブ)、しかも老人の役なんて…



「よし。台本貸せ。」



「お願い。君がピッタリだから。」



晴人が一息つくのが見えた。ピッタリという言葉は先程は言わなかった晴人の本心だと思った。そして、俺も役者のように輝きたいという気持ちがもしかしたら晴人には丸見えなのかもしれない。



「この役、ほとんど話さないんだな。」



「そうなんだ。挨拶だけ。」



「そうか。」


それ以上は何も聞かなかった。

余りものの脇役だし、そんなもんかと頷く。


動作を確認し、スムーズに出来るよう5分程練習した。5分しか練習をせず、これでやろうと言われた俺は驚いた。しかし、これが【俺にピッタリな役】ということかとすぐに腑に落ちた。勿論(まぁ)、老人役にもかかわらず、ほとんどメイクを施されなかった点は全く納得していないが。



***



そして、役を演じきった。


ほんの2分の余った脇役。ほとんど挨拶しかしていない。目立たない役だなと終わった後に感じた。なんか拍子抜けだった。これで終わりかと実感があまり無い。もっと爽快感や達成感を求めていたが、期待のし過ぎだったと少し後悔した。


そんな事を考えているうちに、今日のクランクアップを迎えていた。



***



仕事終わり、俺はいつも煙草(タバコ)を吸う。先程、アイツと2人で話し合っていたこの機材部屋。これまでの埃と煙草の匂いが積もっていて誰も入ってこない。1人になるには丁度いい。


額に皺をよせ、煙草を口に咥える。

複雑な気持ちと共に煙を吐き出す。


若干息がしにくいのは歳のせいだろうか。

ゴホッゴホッ。大きくむせた。



「ん。差し入れ。」

と水ではなく、個包装の何かを持った晴人が俺の横にいた。晴人の体から汗の匂いがする。咳が落ち着き、目の前を見るとシフォンケーキが差し出されたていた。それを持った腕を俺に突きつけてくる。ぼそっとお疲れと言ってるのを耳の端で聞いた。



「おうな。」

と小さいそれを受け取った。


もう晴人は口にそれをほりこんだ後だった。口を規則的に動かしながら、椅子に体を投げ出すように座った。コイツは珍しく俺の話を聞かない。しかも椅子は晴人が座っているひとつしかない。俺は長時間の撮影で足が棒だが、俺の椅子は無いらしい。仕方なく隣の部屋から椅子を持ってくることにした。



***



少しして、シフォンケーキの余りが多いことに気がついた。隣の部屋にも同じシフォンケーキの箱が1箱、未開封のまま置いてあったのを見た。いつもは役者がみんな食ってしまうのに(頂いてくれるのに)余っている。



「いつもより余り多くないか?」



(ああ)(いあ)えめ‥‥こくん。

だから不評だったらしい。」

と口にケーキが入ったまま答える。



「そっか。」

けど、コイツが美味しそうに食べているので俺も食べる。



ふっふっふと鼻から声が漏れた。



「うん?」



「全然甘くなくて、不味い。」


よく食えるなと尋ねると、コイツはそんなにか?と笑った。それから2人でこれらを役者に送り付けてやろうか、なんて為にならない笑い話をした。


知らぬうちに外は真っ暗になっていた。いい時間だし帰るかと、どちらかが言い出し、家路に着いた。



***



結局、余ったアレを持って帰ってきた。

なんか可哀想な気がしたからだ。


今日やった役の台本を眺める。文字を見るなんて退屈だから、ついでにシフォンケーキを口に入れる。縦にズラーっと並んだ長文と一緒にコレを噛む。



ふいにケーキの一欠片が口からこぼれ落ちた。



台本をもう一度読み直した。

あの役、実は主人公が一歩踏み出すのを後押しする重要な役だと気づいた。



甘さ控えめなシフォンケーキが少し甘く感じた。



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