#95 羽ばたけチキン!
そんなこんなで日々は過ぎていき、いよいよ最初の休養日を迎えてしまった。
事前に約束はしているものの、それに関する話は今日まで一切出ていない。ということもあって、俺はどうやって電話をかけるべきか悩んでいた。
「今日の昼休みに、それとなく話題に上げるくらいできた気がするんだけどな……」
そうして何度か挑戦してはみたが、結局適当に誤魔化してその場を終えてしまったのだ。
人前で電話の誘いをするなんて、遊びに誘うのと同じくらい恥ずかしい。絶対『お、こいつは彼女に気があるのか?』とか、思われるに決まっている。実際に気があるかはさておき、そういう視線を向けられるのは俺の羞恥心的にはアウトだった。
「……そのせいで、今こうして頭を抱えることになってるわけなんだが」
電源の消えた黒い鏡に、俺の情けない表情が映し出される。それを見て、つい乾いた笑いが零れる。
前に電話をした時は、電話をする前提で予定を立てていた。それでも十分緊張したし動揺はしたのだが、今回は通話したいと相手に伝えなければいけない。チャットで済むことをわざわざ電話でする――その背景には下心があると思われるのではないかと不安だった。
「兄さん、自意識過剰ですよ」
「おわっ! ……飛鳥か、どうしてここに?」
「ここが私の家で、この部屋が共用スペースのリビングだからですけど。というか、兄さんこそリビングでぶつぶつうるさいですよ」
「す、すまん……」
「それで、かけないんですか? 電話」
「なんで知ってるんだ?!」
驚く俺に飛鳥は冷たい眼差しを注ぐ。細められた目からは、うんざりという感情がありありと伝わってきた。
「全部声に出てましたよ」
「……全部?」
「『電話に誘うなんて恥ずかしい』とか『下心があると思われたら……』とか、全部ですよ」
俺は、自分の口の緩さに呆然とした。さっきまでの考え事は全て、口から漏れていたらしい。
「そんな調子でリビングをうろうろされたら、声もかけたくなります」
すっかりお冠な様子の飛鳥は、テーブルで勉強道具を広げていた。
俺としたことが、己の些事で飛鳥の勉強を妨害してしまったようだ。
……俺も焼きが回ったな。こんなことにも気が付かないなんて。
「今、鼻で笑う要素ありましたか?」
飛鳥は頬を膨らませて、不服そうに言った。
「俺は俺を嘲笑ったんだ。妹に気を遣えない、愚かな兄である俺をな」
「何言ってるか全然分かりませんけど……。小野寺さんなら、電話の一つや二つに嫌な顔しないと思いますよ」
「……もしかして、それも声に出てたのか?」
「さぁ? とにかく、兄さんは気にしすぎです。女の子は、別にどうとも思ってない男の子の電話でも、暇なら取りますから」
それ、公開していい情報だったのか? 驚愕の事実に、全世界の恋する男が救急搬送されるぞ。
しかし、当の飛鳥は全く気にしていないようで、距離を詰めて俺を問いただしてきた。
「それで電話、かけるんですか? かけないんですか?」
「……かけようとは、思ってます……」
「もう、しょうがないですね。――貸してください!」
そう言うが早いか、飛鳥は俺の手から携帯を奪い取る。
そして、僅かな操作を終えると俺の胸に突き返してきた。
「……何をしたんだ?」
「ダメな兄さんの代わりに、私が小野寺さんを電話に誘っておきました」
「え……」
自分のもとに帰ってきた端末に表示されていたのは、小野寺とのトーク画面。その最新のメッセージに据えられていたのは、飛鳥が送ったという電話の誘い。
『今、時間あるなら電話できないか? 小野寺の声が聞きたくなった』
…………これ、どうしてくれるんですかね。
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