#94 圧倒された時、体は震えるもの
「生徒会室がこんなに賑やかになるなんて、私嬉しいわ」
翌日の昼休みから、俺達は生徒会室で昼食を取っていた。人数分のカップはすでに用意されていて、花森先輩の準備の良さがうかがえる。
「これ、昨日買ったカップですよね?」
「そう、間宮君の買い物と並行して色々買ってたのよ」
靴屋にいる時、しばらく姿が見えないと思っていたがそういうことだったのか。
俺が押し倒――足を滑らせるところを見られずに済んで本当に良かった。
「そういえば渚、今朝は弥勒寺先輩の誘われたりしなかったの?」
昨日の段階で、俺もそれを不安に思っていた。たとえ生徒会室が安息の地になったとしても、そこに至るまでの過程で弥勒寺先輩の邪魔が入ることもあると。
「うん。花森先輩のおかげで、大丈夫だったよ」
「今日から生徒会が昇降口で挨拶運動を始めたからね。私が昇降口にいるって知って、弥勒寺先輩ったら嫌な顔して戻っていったわ」
「あれってその為だったんですか?!」
思わず立ち上がる蓮の姿に、昨日の自分が重なる。俺もそれを聞いて、開いた口が塞がらなかった。
「マラソン大会までやるつもりだから、矢野さんも早起き頑張ってね」
「……はい」
妙な圧力の原因は、矢野の遅刻にある。生徒が登校してくるよりも前に、生徒会メンバーは昇降口に立たなければならない。しかし、矢野はその集合時間に間に合わなかったのだ。
生徒会の活動を私物化しているようで非難の声も上がりそうなものだが、表向きは学校を活気づける健全な活動だ。昨日はたまたま花森先輩が小野寺に用があっただけだし、たまたま今日から挨拶運動が始まっただけだし、花森先輩は友達と昼食を囲んでいるだけ。弥勒寺先輩が怪しんだとしても、それを追及できる証拠はない。
「そういえば、マラソン大会の企画ってどうなったんですか?」
「それ、僕も聞きたかったです」
昨日の段階で概要は決まっているという話だった。
どんな企画だったとしても、事前に内容を聞ければ心積もりができる。
「本番の一週間前に、全校生徒を集めて催しをやるつもりよ。クラスで一人選ばれた生徒が、そこで決意表明をするの」
「決意表明って、頑張ります的なやつですか?」
「矢野さんみたいな一言コメントでもいいし、順位に関する宣言でもなんでもいいことにしてるわ。マラソン大会って、ただ走るだけみたいなイメージが強いでしょ? だから、事前に決意表明の場を作ることで盛り上げようって話になってね」
「昨日、弥勒寺先輩が勝負の舞台にここを選ぶって言ってたのは、もしかして……」
「彼ならここで小野寺さんにアピールするチャンスだと思うはずよ。自分の実力を示すことで、間宮君を圧倒しようとも考えるでしょうね」
花森先輩の協力を得たあの日、俺は考えなしに『全校生徒の前で弥勒寺先輩に勝つ』と言った。そうすれば、弥勒寺先輩とはいえ諦めざるを得ないだろうと、それしか考えていなかった。その発言を、こんな形で実現可能にしてくれるなんて……。
「ここで俺がクラス代表になって、弥勒寺先輩に宣戦布告すれば、相手も間違いなく乗ってくる……。すごい企画ですよ、これ……」
理想形ともいえる企画内容に、俺は手が震えていた。あるいは、弥勒寺先輩との対決を意識しての武者震いかもしれない。
手札は揃った。あとは俺が全力を尽くすだけだ。
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