#89 一喜一憂、一憂一喜
「というわけで、これからは生徒会室で昼を食べられることになった」
「本当? ……良かったー……」
昼休みが終わり、教室に姿を見せた小野寺に事の顛末を伝えると、表情を解れさせながら大きく胸を撫で下ろした。
これは推測だが、弥勒寺先輩と昼食ではひどく顔を強張らせていたのだろう。
「皆も、一緒なんだよね?」
「それも花森先輩に頼んでおいたから大丈夫だ」
「そうなんだ……。明日からのお昼、楽しみだね――あ……」
突然何かを思い出したように声を上げると、小野寺が顔を俯かせる。
「昼休み、何かあったのか?」
「えっと、その……今日の帰りなんだけど……」
今日の帰り――それは俺の買い物に小野寺が付き合ってくれるという話のことだろうか。それとも……
俺は花森先輩から預かっていた伝言を思い出す。
『間宮君、気をつけてね』
『何がですか?』
『きっと弥勒寺先輩、一緒に下校しようって小野寺さんを誘ってるはずだわ。それに、仮に断れたとしても、教室まで迎えにくると思うの』
『うげぇ、粘着質だ……。っていうか、それじゃあ今朝の繰り返しだよ……』
『だから、そこで私の出番よ』
味方になった花森先輩は、終始心強かった。それはもう、敵になった時のことを考えたくはないくらいに。
「小野寺、大丈夫だ」
「え……?」
事情を知らない小野寺には何がなんだかさっぱりなはずだ。小野寺からは、俺が励まそうと根拠のない安全を約束しているように映っているだろう。しかし、本当に大丈夫なのだ。
「俺の買い物に付き合ってくれるんだろ?」
「そう、したいんだけど……でも……」
「放課後は、花森先輩が小野寺を迎えにきてくれる。だから、安心してくれ」
「花森先輩が? ……どうして?」
「あの人がいたら、弥勒寺先輩もそう簡単に小野寺に近づけないってことだ。……ただ、もしかすると買い物にも同行してもらうことになるかもしれない」
正直なところ、俺は二人っきりの買い物を楽しみたかった。だってそれって、デ、デートみたいじゃないか? ――待てよ、デートの定義って一体なんなんだ? 後でネットで調べてみるか。
「花森先輩が、そこまで……。後でお礼言わないとね」
「そうだな……」
小野寺は、二人っきりじゃなくなることをどう思ったのだろうか。だが、そんな自分本位なこと聞けるはずがなかった。それに、それを口に出すことは、力を貸してくれている花森先輩に失礼だ。
小野寺が買い物についていこうと思ったのは、自分も何か手伝いたいからだと言っていた。花森先輩がいたとしても、その目的は問題なく果たせる。人数の変化に小野寺が一喜一憂することはないだろう、と俺は勝手に結論を出した。
「じゃあ今度はさ、二人でどこか出かけようね」
「……そうだな」
――あぁ、俺はなんて愚かなんだろう。この誘い一つで、さっきまでの不安が一気に晴れてしまった。
小野寺がどう思っているか、それはこの際気にしない。彼女が『二人』とあえて口にしてくれたこと、その喜びが胸にじわりと広がっていた。
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