#85 男と男の話
生徒会室での一件を終えた俺は、夜に翔太に連絡を取った。
『翔太、少し用がある』21:22
『どうしたんだい? これからランニングに出るところだけど』21:25
『俺も走りたくなった』21:26
『それなら家まで迎えに行くよ』21:27
文面は簡素なもので、翔太は詮索をしてこなかった。詳しい話は会ってから聞くということなのだろう。俺もそのつもりだったから、翔太の気遣いには感謝している。
走りやさを重視した身軽な格好に着替えると、程なくして呼び鈴が鳴った。
「やぁ、こんばんは。……おや、走る準備は万端みたいだね」
玄関で俺の姿を見た翔太は、感心したように頷く。
「お前みたいに専用の靴とかはないけどな」
「物事を長く続けるコツは、余計な負荷をかけないようにすることだよ。足を痛めたから今日は走れない、なんて言い訳をしないためにね」
実際翔太は、中学時代から三年間ランニングを続けている。四年目を迎える今年も、週四日と決めたノルマをしっかりとこなしている。
そんな翔太が言うからこそ、含蓄のある言葉だった。
「それなら、俺もランニング用の靴買おうかな」
きっとマラソン大会まで、長い距離を走ることになる。それに本番で、足を痛めたなんて言い訳はしたくない。
「もしかして……光もランニングを始めるつもりなのかい?」
「色々あってな。そうなりそうなんだ」
「色々って……。ちゃんと全部聞かせてくれるんだろうね」
「もちろんだ」
それならいいよ、と背中を向けた翔太に続いて、俺は夜の住宅街に繰り出した。
歩道に立ち並ぶ街灯が、まるでレーンを作り出しているみたいだった。
「光は今日が初めてだし、ゆっくりめで行こうか」
いつもはもっと速いペースなのだろう、翔太は息を切らさずに話かけてくる。
「そう、だな。そうしてくれると、助かる……」
それに引き換え俺は、早くも息が不規則に口から漏れていた。
「その状態で聞くのは酷なんだけど、放課後に何があったんだい?」
「弥勒寺先輩の、元カノが……生徒会長ってのは知ってるだろ?」
「花森先輩だね」
「あぁ……その花森先輩がフラれたのは、弥勒寺先輩が小野寺に一目惚れしたかららしい……」
弥勒寺先輩の好色っぷりに、翔太は眉間に皺を寄せる。
「それはもう、厄介というレベルを超えているね……」
「俺も……そう、思う」
ペースこそ遅いものの、話ながらということもあってか、想像以上に息が上がる。
これから授業でも長距離走をやることになるが、それまでにこの醜態からは抜け出さないといけないな。
「弥勒寺先輩は、多分……小野寺を諦めない。だから……勝負することにした、マラソン大会で」
「えっ?」
跳ねるような声で驚いた後、翔太は足を止める。
「それ、本気で言っているのかい?」
「本気だ……。まだ、弥勒寺先輩には言ってないけど……絶対に勝負を受けさせる」
背中にかけられた声に振り向き、俺も足を止めて答える。
「何か手立ては?」
「花森先輩にお願いして、マラソン大会を生徒会主催のイベントにしてもらった……。全校生徒の前で宣戦布告できるなら、それが一番いいと思ってる」
「大勢の前で勝負を受けた以上、負けてからの未練は疎まれるだろうからね。……でも、光はそれでいいのかい?」
「何がだ?」
「もし、光が負けたら……小野寺さんとは、もう……」
弱気な言葉を零す翔太は、俯かず、俺を見つめていた。街灯に照らされた顔に刻まれていたのは、不安、危惧。
……そうだよな。俺が逆の立場でも、同じ顔をしたと思う。相手は引退したとはいえ、元バスケ部のキャプテン。運動能力でいえば、相手の方が明らかに上だ。でも――
「だからこそ、翔太を頼ってるんだ。マラソン大会の本番に向けて、俺をみっちり鍛えてほしい」
翔太は目を丸くすると、俺に笑みを向ける。
「……まったく、恋する男には敵わないね。分かった、僕が責任を持って光を鍛えるよ」
それからキザなウィンクを俺に飛ばして、翔太はもう一度笑った。
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