#82 世の中にはこんな男もいる
小野寺が要件を述べると、生徒会室の空気が引き締まるのを感じる。
「――そうよねぇ。きっとその話だと思ってたの」
穏やかな口調は崩していない。それでも、後ろに般若が見え隠れしていた。
……俺、夢見てるんじゃないよな。あれってどういう技術なんだ?
花森先輩の背後で苛烈な炎を滾らせている恐ろしい面、それと目を合わさないようにしながら口を開く。
「俺達の用件に心当たりが?」
「そうね、あなた達二人が来たってことはもしかしたら……って」
俺達と弥勒寺先輩に何かしらの関係があると、この人は知っている。……どうしてだ?
「お話する前に、一つだけはっきりさせておきたいことがあるの」
「……なんですか?」
恐る恐る質問する小野寺に、花森先輩は変わらず笑顔で返す。
「私は、あなた達の味方よ」
「私達の、味方……」
「いきなりで混乱しちゃうと思うんだけど、今から説明するから安心してね」
俺達の応対をする花森先輩は笑顔を崩さない。けど、それが友好の証と判断するには早い気がした。なぜなら……
彼女の背後の炎は、今もなお轟轟と燃え盛っているからだ。
花森先輩は俺達の味方……じゃあ、あの般若はなんなんだよ! 頼むから消してくれ! このままじゃ聞いた話も右から左に流れていきそうだ。
「(あれ、弥勒寺先輩の話をしている間は消えないと思ってた方がいいよ)」
俺の不安を察してか、矢野が小声で助け舟を出してくれる。しかし、その内容は救助というよりも沈没予告みたいなものだった。
……沈没するって分かってる方が気は楽……なのか?
「それじゃあ私は、二人を届けたんで帰りますね。お先でーす!」
「話、聞かないのか?」
「んー、聞きたいのは山々なんだけど、こういのって繊細な話だからさ。それに私、バイトあるから!」
おそらく矢野は、花森先輩のする話に察しがついているのだろう。こういう気遣いができるところに、矢野の人脈が広い理由があるのかもしれない。
「矢野さん、いい子よね。私は全然聞いてもらっても構わなかったのに」
「麗奈ちゃんはとってもいい子です。だから、その……可愛がってあげてください!」
「うふふ、そうね。さて……そろそろ本題に入らいないとね。二人とも、座ってちょうだい」
俺達に着席を促した後、花森先輩はお茶を一口飲む。カップの置かれた音が、開始の合図になった。
「私と弥勒寺先輩が、去年までお付き合いしてたことは聞いてるわよね?」
「はい、麗奈ちゃんから……」
「私達が、どうして別れたか知ってる?」
その問いに俺達は首を横に振る。
「彼ね、好きな人ができたんですって」
「付き合ってるのにですか?」
「あら、間宮君って初心なのね。――小野寺さん、彼のことちゃんと捕まえておかなきゃダメよ」
「え?!」
ボンッと音を立てて、小野寺の顔が真っ赤に染まる。
許婚の噂が消えないので、この手のイジリに遭遇する機会は多い。その度にこういう反応されると、俺に気があるのかと勘違いしちゃうから困るんだよな……。もちろんそれが勘違いじゃなくて、事実なら嬉しいんだけど。
「……それで! 弥勒寺先輩って、今も好きな人がいるって告白を断ってるんですよね?」
場の空気に耐えられなくなった俺は、無理矢理話を前に進めようとする。
「そうみたいね」
「あ、あの……! 弥勒寺先輩の好きな人、知ってるんですか?」
「――小野寺さん、あなたよ」
「え……」
「弥勒寺先輩が好きなのは、あなたなの」
明かされた事実に、俺は空いた口が塞がらなかった。弥勒寺先輩が、小野寺を? じゃあ、あのお見合いの目的は最初から……。
揺れる俺達の感情を置き去りにして、花森先輩は話を続ける。
「一目惚れ……彼に別れを切り出された時、そう言っていたわ。彼女に恋をしたから、もう君とは付き合えないって」
「そんな……」
ひどい。小野寺が続けようとした言葉が、俺にも伝わってくるようだった。
「そう! 許せないでしょ?」
「ごめんなさい……」
「小野寺さんが謝ることじゃないわ。私、あなたには一切怒ってないのよ? 怒りを向けているのは――」
花森先輩が言葉を切った途端、意識から外れていた般若が再び顕現する。
『私は、あなた達の味方よ』
……そういうことか。花森先輩の真意を掴めた気がする。
花森先輩は弥勒寺先輩に怒りを抱いている。だから、彼と対峙している俺達に力を貸してくれようとしているのだ。
「実は先週の土曜、小野寺が弥勒寺先輩とお見合いをしたんです」
「お見合い? 別に彼、お金持ちでもなんでもなかったと思うんだけど……」
「なんか親同士が酒の席で盛り上がったらしくて……小野寺、説明してもらえるか?」
「う、うん……」
そうして小野寺の体験が花森先輩に語られている間、先輩の激情が阿鼻叫喚の地獄を描き出す様に、俺は冷や汗が止まらなかった。
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