#81 敵を知るなら一番近いところから
小野寺が敗走したという報せは瞬く間に俺達の耳に届き、早々に作戦会議が開かれた。
「弥勒寺先輩か……。これまた厄介な敵に当たったものだね」
「一応聞いておくが、有名人なんだよな? その弥勒寺先輩って人」
「男子バスケ部の元キャプテンで、爽やか高身長、おまけに推薦で大学まで決まってるとなったら、優良物件としか言いようがないでしょ」
「それまた属性盛り盛りなことで……。小野寺は実際会ってみてどうだったんだ?」
「格好いいんだとは思うんだけど、私は好きじゃないかな……。自信がありますって顔に書いてあるみたいで……」
小野寺の評価に蓮は吹き出すが、俺としては胸を撫で下ろす思いだった。これで吝かではないみたいな返答がきたら、俺は平静を保てていたか分からない。
「去年まではお付き合いしてる人がいたらしいんだけど、その人と別れて以来、告白は好きな人がいるからって断ってるんだって」
「さすが矢野。詳しいな……」
「そりゃあ、まぁ? 元恋人さんとも仲良しですし?」
「え?!」
矢野以外の、その場にいた全員の驚きの声が重なる。
言われてみればそうだった。矢野の人脈は、同級生だけじゃなく先輩達にまで広がっているのだから。
「その相手も、有名人なのか?」
「元々弥勒寺先輩の彼女さんってことで有名ではあったんだけど、今は別の意味で有名かなー」
「別の意味ってどういうことだ?」
「答えは放課後のお楽しみってことで!」
勿体ぶるような矢野の発言の直後、昼休み終わりのチャイムが鳴る。
不参加が決定している部活組には、矢野から事前に答えが伝えられていた。その時二人が浮かべていた表情に、俺はこれから騒動がさらに面倒になる予感がした。
そして放課後、矢野に連れられて来たのは生徒会室。
「……矢野、ここに元恋人さんがいるのか?」
「そうだよ」
「でも麗奈ちゃん、ここって……」
小野寺の動揺も頷ける。ここに出入りできるのは、生徒会のメンバーのみ。そして、別の意味で有名になったという言葉の意味から察するに、扉の向こうにいるのは――
「失礼しまーす! 会長、お客様です!」
「きゃっ、びっくりした……。もう、矢野さん? 扉を開ける時はノックしてねって言ったでしょ?」
「あははー、すっかり忘れてました……」
「笑ってごまかさないの! 私、怒ったらすっごく怖いんだからね!」
そう言って、ぷりぷりと音を立てながら怒るのは、この学校の新生徒会長――花森穂乃果先輩だ。僅かな矢野とのやり取りだけでも、花森先輩の柔らかな人柄が伝わってくる。きっと怒ったとしても、全く怖くないのだろうと思った。
彼女が、例の弥勒寺先輩の元恋人ということなのか?
「あ、ごめんね。私ったら、お客様のことすっかりほったらかしにしちゃって……あれ?」
慌ただしく支度をする花森先輩は、小野寺を見た途端、その手を止める。
「あなたもしかして、小野寺渚さん?」
「はい……」
「初めまして、生徒会長の花森穂乃果です。そちらの君は許婚の……――あぁ、そういうことね」
視線が小野寺から俺へ移った瞬間、ぞくりと背筋を撫でるような声色が花森先輩から紡がれる。
えっ、何? 怖い怖い……! さっきまでの花森先輩を返して!
「会長、出てますよ……!」
「……え? あ、ごめんなさい……びっくりさせちゃったわよね……」
「い、いえ、大丈夫です……」
膨れ上がる恐怖の権化が、矢野によって空気を抜かれる。
……気のせい、じゃないよな。
しおらしい先輩に戻りはしたが、あの恐ろしさを前に下手なことは言えなかった。
「それじゃあ一応、用件を伺ってもいい?」
人数分のお茶を用意し席に着くと、花森先輩は笑顔で尋ねてきた。
どうするか、と小野寺に目で問いかける。すると小野寺は、花森先輩を前に物怖じせず言った。
「弥勒寺先輩について、お話を聞かせてください」
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