#79 その酔いはファンタジーです
大量に買わされた商品を手に、蓮の家へと戻る。両手が塞がるほどの荷物を、果たして今日中に処理することはできるのか。
「冷やさなきゃいけないお菓子は私が持っていっちゃうから、それ以外の物はお願いね」
「任された」
チョコレートをはじめとした菓子類を蓮に渡し、俺達は袋の中身を整理する。
「仮装はこの辺にまとめておいて、あとは……ってなんだこれ」
俺が手に取ったのは、平たい黒の皿とミイラの手が合体したおかしなオブジェ。皿の縁から垂直に伸びた手からは、背筋の冷えるおぞましさを感じる。
「これは……皿に乗った飴を、ミイラの手に掴まれないように取るおもちゃみたいだよ」
正面にいた小野寺が、パッケージ裏の説明を補足してくれた。
犬にバレずに骨を取る、あのパーティーゲームのハロウィン版というわけか。矢野め、こんな物まで買わせるとは……。
それにしても、季節行事というだけで結構手の込んだアイテムが多いな。
和室にごちゃっと振り分けられた商品の数々を見て、他人事のような感想が湧く。
「戻ったわよ……げっ、散らかしてどうすんのよ」
「一応、用途別に整理はしたんだけどね……」
弁明の余地なしといった様子で、翔太は乾いた笑いを見せる。
「……分かったわ。使いきれない物とかは私が預かるから、今は部屋の隅にでも置いておきましょ」
家の人間にしかできない判断で、蓮はこの場を切り上げる。これでようやく、パーティーを始めることができるというわけだ。
「じゃあ、さっさと着替えて始めるわよ。――ほら、男は外で着替える!」
蓮に投げ渡された袋を持って、俺と翔太は和室から退散する。
襖が閉じる直前の「絶対に覗くんじゃないわよ」という警告は、その鋭い眼差しと語気も相まって、フリだと茶化す気も起きなかった。
「…………」
俺は今、気が気ではなかった。仮装をすることへの動揺ではない。さっきの作業中に見てしまったのだ。……小野寺の仮装が、黒猫だということを。
昼間の幻覚のせいで、まともに顔を見られる自信がなかった。しかし、現実は俺の決心を待ってはくれなかった。
「入っていいわよ」
蓮の号令がかかり、俺達は仮装姿で顔を合わせることになる。
「きゃーっ! 翔くん、すっごい似合ってる!」
入室して早々、蓮から黄色い歓声が上がる。
翔太の仮装は、吸血鬼。持ち前の顔の良さが最大限に活きている。俺が女の子だったら、迷わず血を吸ってくれと懇願しただろう。……あんな感じで。
「翔くん、血吸って……?」
「蓮、僕は人間だ。血なんかよりも、蓮の作った手料理の方が好物なんだよ?」
「翔くん……」
このバカップルは平常運転だな。(ちなみに蓮の仮装も吸血鬼だ)
お熱い二人には、そのまま愛を育んでいてもらおう。
小野寺を前に動揺する姿を、二人に見られるのは正直恥ずかしい。
「あの、間宮君……」
俺の服を引っ張るのは、残る一人の小野寺しかいない。
分かっているからこそ、余計に緊張感が高まっていった。
「……なんだ?」
振り返って応対するが、どう足掻いても目線がブレるのは抑えられそうにない。そして、おぼつかない視線が、結果として全身を観察してしまう。
小野寺の仮装は、黒いレースのブラウスとサテン生地の黒いミニスカートをベースに、全身を黒でまとめている。タイツを身につけ肌色を減らすことで、黒猫らしさが演出されていた。
「どう、かな…………にゃん」
小野寺は茶目っ気か、「にゃん」という声が聞こえてきそうなポーズを取っている。……いや、今言ってなかったか? 幻聴か?
――小野寺がにゃんって言ったのか? 本当かにゃん? 言い間違いじゃないかにゃ? にゃん、にゃんにゃん…………
「似合ってる……と、思うにゃん」
何を言ってるんだ俺はぁぁぁぁ!!!! おい翔太! 早く俺の血を吸って息の根を止めてくれ!!
にゃんに気を取られ、自分で口にしてしまうなんて……。もう、恥ずかしくて死にそうだ……。
「ふふっ、ふふふっ……」
「あ、小野寺、その今のは誤解というか……」
「分かってるよ。だから、気にしなくていいにゃん……ふふっ」
「~~~~!!」
声変わりをしてから数年が経ったが、まだ自分からこんな高音が出るとは思わなかった。最初は恥ずかしがって「にゃん」と言っていた小野寺も、もうなんの抵抗もなく口に出している。……俺が、俺の自爆があまりにもひどすぎたせいで……!
「スケルトンと黒猫さん、ずいぶんとお熱いね」
スケルトン(俺)が熱いのは、羞恥心のせいだよ!
居ても立っても居られなくなった俺は、ひとりでに舵を切り始める。
「……よし! パーティー始めるか! 準備するぞー」
俺はいそいそと冷蔵庫へ向かい、冷やしてあったお菓子を机に並べていく。
「ほら! なんでも好きなの食べていいからな!」
「私、麗奈ちゃんにもらったチョコ食べようかな」
「僕もこの焼き菓子を……」
「あ、私もそれ食べたい!」
各々が欲しい物に手を伸ばす形で、お菓子パーティーが幕を開けたのだが……
「これ……おいしい……もっと食べたいな……」
「小野寺、眠いのか?」
「ふぇ?」
お菓子の山が半分くらい減ったところで、小野寺の様子に変化が生まれる。
ろれつも上手く回っていないのか、一つ一つの発言が幼く聞こえる。
「しょんなことないよ? ぜーんぜん、眠くない!」
「顔も赤いし、大丈夫かしら?」
「らいじょーぶだよ? このチョコ食べたら、なんかポワポワしてきて……」
小野寺が食べ終わったチョコレートの包みを、掲げるように見せる。すると、それを見た蓮が息を呑むのが聞こえた。
「それって……!」
「どうしたんだい?」
「渚が食べてたチョコ、これお酒入ってるやつよ! 麗奈にお願いして、母さん用に買ったんだけど……」
「……――」
すうっと血の気が引く。あの時、動揺しまくっていた俺は、冷蔵庫にあるお菓子を片っ端から和室に持ち込んだ。明らかに高そうな物は避けたつもりだったが、原因が俺にあるのは明らかだった。
「悪い! 俺がそのチョコ持ってきた……」
「別にお土産はサプライズだったからいいんだけど、渚がね……」
「私は平気だよー? ……あれ? 間宮君が二人……三人に増えた!」
酒入りチョコで酔うとか、そんなベタな展開あるか?
……まぁ、あるからこそ、現在進行形で小野寺が俺に全体重をかけてもたれかかっているんだが。
「んふふー、間宮君あったかいねー」
「そ、そうか?」
恥ずかしさとかの色々で、体温が上がりまくってるからな……。
普段の小野寺でも、この距離まで近づかれたら落ち着かない。それなのに、今は黒猫の仮装までしている。刺激が強いなんて次元じゃなかった。
「ねぇ、間宮君。わらひもね、光君って名前で呼びたいの。でも、恥ずかしいし、困っちゃうかなって思って……」
「……俺は、別に困ったりしないぞ?」
困りはしないけど、間違いなくまともに返事はできない。それに、困り度はこの状況の方が高い。
「えー? じゃあ、呼んでもいいの?」
「ダメってことはないな……」
「どっちなのー! 呼んでほしい? 呼ばれたい?」
「どっちにしろ呼ぶつもりなのか……」
「うん! ……ねぇ、どっち?」
赤らんだ頬と涙ぐんだ瞳、密着した距離感で小野寺は俺に問いかける。
いつもなら騒がしいくらい鳴っている鼓動の音は、今日は聞こえない。それどころか、周囲の音が消えてしまったみたいだった。
ただ、自分の固唾を飲む音だけが耳に届く。
「……呼ばれたい、かな」
「分かった! これからは、光君って呼ぶ……えへへ、光君……」
俺の覚悟を決めた返答は、小野寺のお気に召したようだ。寄りかかったまま、俺の腕に頬ずりをしてくる。
これじゃ、本当に猫みたいだな……。
それからしばらくして、小野寺がすやすやと寝息を立て始めたのを合図に、ハロウィンパーティーは幕を閉じた。
お読みいただき、ありがとうがとうございます。
面白い、続きを読みたいと思ったら、☆評価や感想などを頂けると励みになります。




