#68 それぞれのXデー②
そんな涙ぐましい一日の終わり――放課後に、俺は矢野を呼び出していた。場所は前と同じ、屋上階段の踊り場だ。
Xデーの三つの事柄のうち、二つはすでに完了した。生徒会選挙での当選、矢野と翔子さんの仲の修復は、完璧な結果といっていい。しかし、これは俺が何かしたというよりも、矢野自身が懸命に向き合った結果だ。それを自分の手柄にするつもりはない。
残る一つ――俺の行動が、直接結果に反映されるとしたら、ここしかない。
「お待たせ……」
「大丈夫だ。俺も今来たところだからな」
「……本当?」
「本当だ」
……まぁ、本当は落ち着かなくて結構早めに来てたんだが。ここは男として見栄を張らせてもらうぞ。
「ええと……悪いな、今日一日に色んなことを詰め込んじゃって……」
「ううん、気にしないで……。その……お母様のことはちょっとびっくりしちゃったけど……」
生徒会選挙、母親との和解、告白の返事。一つ一つのカロリーが高すぎるんだよな……。(トリを担当している俺が言えた口ではない)
ちなみに、翔子さんとのことは未だに口封じをされている。多分だけど、これは墓場まで持って行くことになりそうだ。
「なら良かった。……それでなんだが……本題に入ってもいいか?」
「うん……いいよ」
矢野は、間を置かずに答えを返す。ここで焦らしても意味がない。それが二人の共通見解のようだ。
「結論から言わせてもらう。俺は、矢野の思いに応えることはできない」
「……うん」
「俺は小野寺のことが好きみたいなんだ。それも……傍から見たらバレバレなくらいに」
「そうだね……バレバレ、だよ……」
「好きって言ってもらえて嬉しかった。これは俺の本音だ。……でも、だからといって好きな人がいるのに矢野を受け入れるなんて、そんな不誠実なこと俺には出来ない」
綺麗事を言っている。耳ざわりのいい言葉を並べているだけ。”出来ない”じゃなくて、”やろうとしていない”だけじゃないか。
この光景を俯瞰で見ている自分が、発言の粗を探し出そうと必死になっている。
だが、矢野が俺に返した言葉は、そんな非難とは縁遠いものだった。
「ねぇ、光君。渚ちゃんのこと、好き”みたい”なの?」
この期に及んで甘えていたのを、矢野は見逃さなかった。
俺の本心を問いただそうと、真っ直ぐこちらに視線を注いでいる。
もし、ここで言葉にすることができなかったら。
俺はきっと、大事な場面でもこれを言うことはできない。そう強く思った。
「訂正させてくれ。――俺は、小野寺が好きだ。小野寺に恋をしてる」
「……もう……。そんな本気の目で言われたら、諦めるしかないじゃんか……」
そう呟いて、矢野はその場にへたり込んでしまう。
見上げるような構図で、矢野は俺にある提案をしてきた。
「……それならさ、光君の恋路を手伝わせてくれない?」
「……どういうつもりだ?」
「だって、そこまで本気で思ってるのに、実らなかったら可哀そうじゃん! 私に脈なしだって分かったから、これからは好きな人の恋を応援することにします」
「脈なしって、そんな――」
「あれー? 思いに応えられないって言ったのは、どこの誰かな?」
「それは……俺、だけど……」
「じゃあ……ほら!」
矢野が差し出したのは、自分の手の平。その行動にどういう意味があるのか分からず、俺はただ矢野の手相を見ることしかできなかった。
「あ、ソロモンの環……」
「全然強運じゃなかったけど――じゃなくて! 立ち上がるの手伝ってくれる?」
伸ばされた手を取って、俺は矢野の体を引き上げる。
「ありがと! それじゃあ、改めてよろしくね!」
矢野は、繋がれたままの手を滑らせるようにして、握手を求めてくる。
――改めて、か。
もう一度、友達として関係を始めることはできないんじゃないかと思っていた。このまま気まずさが続いて、いつの間にか話さなくなっていって。
そうやって疎遠になることを恐れていた。せっかく出会えた友達を失いないたくないと。
矢野に助けられた。率先して空気を変えて、俺が気にしなくていいよう気を遣ってくれているのだ。
――それなら俺も、後味が悪くならない努力をしなきゃな。
「ありがとう。……よろしくな」
「よし、握手もしたことだし、協力関係も締結ってことでいいよね!」
「え?」
「光君の恋路を手伝うって話! 外交の場で手を取り合ったんだから、破棄なんてしたらダメだよ!」
矢野はそう言うと、足早に階段を駆け下りて行ってしまう。
「あ、おい! その外交は違う意味だろ!」
俺の渾身のツッコミは矢野の背中に届かず、人気の少ない校舎内に空しく響く。
”国際間の交渉”と”他人との交流”じゃ、スケールが違いすぎるだろ……。
こうして、無事……とは言い難い形で、俺のXデーは幕を閉じたのだった。
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