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#67 それぞれのXデー①

ユニーク6000PV、ありがとうございます。

残り数話で生徒会選挙編、決着です。

「皆! お待たせしたね! いよいよ、生徒会選挙の当選結果を発表するよ!」


 八時三十分、最上先輩が声高らかに宣言する。

 昇降口前の掲示板には、多くの生徒が集まっていた。中には教職員も紛れており、この発表がいかに注目されているかを物語っていた。


 最上先輩が指を鳴らすと、選挙管理委員の生徒が丸められた模造紙を二人がかりで持って来る。この中に、これから学校の運営に携わる次期生徒会メンバーの名前が記されているのだ。

 模造紙を縦に持ち直し、公表の用意が出来たことを確認したところで、最上先輩は大きく息を吸う。


「それでは、結果の発表だ!」


 そして、舞台仕込みのはつらつとした発声で号令をかける。それを受けて、紙面の全貌が露わになっていく。


「生徒会長は――」


 左から順に生徒会長、副会長と当選した生徒の名前が読み上げられる。筆で書かれた氏名からは、威厳すら感じる。


 もしかして、これも綾音先輩が書いたとかじゃないよな……。

 だが、杞憂に割いている時間はもうなかった。副会長の次は、書記の当選者――つまり、矢野か石橋の名前が書かれている。


 緊張、それとも不安からだろうか。名前が目に飛び込むまでの数秒間、景色がスローモーションのように歩みを遅らせる。しかし、それこそが杞憂だった。


「書記は……矢野麗奈君!」


 目の前にある名前、そして読み上げられた名前、そのどちらもが矢野の当選を示していた。


「やっったー!! やったよ! 私、当選したんだ!」


 嬉しさのあまりか、矢野がその場で飛び跳ねる。感情の制御ができないといった様子で、飛び跳ねたり腕を振ったりと大忙しだ。


「麗奈ちゃん、おめでとう!」


 そんな矢野に、一番に声をかけたのは小野寺だった。矢野の当選を自分事として捉えたらしく、目元に涙を滲ませている。


「渚ちゃんの推薦演説のお陰だよ! 本当にありがとね!」


 感情を昂らせたまま抱き合う二人を微笑ましく見ていたかったが、隣の惨状に思わず気を取られてしまう。


「よがっだぁ……よがっだよぉ……麗奈、おめでどぉぉ!」


「ほら蓮、そんなに泣いたら可愛い顔が台無しだよ」


「だっで、だっでぇ……」


「ハンカチ貸してあげるから、まずは涙を拭こうか」


 蓮の反応を大げさだとは思わない。俺達は、それだけ真剣に準備をして演説会に臨んだ。だから自然と涙は零れるものだし、この勝利は得るべくして得たものだ。


「目にゴミが入ったな……」


 なんて言い訳を、俺は誰にも聞こえない呟きに落とす。

 ひとしきり感慨に浸った後、祝辞を伝えようと矢野に呼びかける。


「光君? どうしたの?」


「いや、その、なんていうか……」


 わざわざ呼んだことで、改まった感じになってしまった。そのせいで言葉が思うように出てこない。

 そうして視線を彷徨わせていると、小野寺と目が合った。


 彼女の眼力は鋭い方ではない。それでも、『ちゃんと言わなきゃダメだよ!』と強く訴えているのが分かった。


 ……我ながら、最後の最後まで不甲斐ないやつだ。

 心の内で自虐的な笑みを浮かべ、口を開く。


「当選、おめでとう。俺も……すごく嬉しい」


「ありがとう……」


「俺達は協力したけど、この勝利は矢野のものだ。胸を張ってほしい」


「そんな……私、皆がいなかったら……」


「自信を持ってくれ。次はお母様に勝たないと、だろ?」


 俺は背後に人の気配を感じて、振り向く。そこには予想通り、翔子さんがいた。


「え、お母様……どうして……」


「『どうしてここに』かしら? ……あなたと話をしにきたの」


 翔子さんの登場に、矢野は唇を震わせている。正直、心構えを作る余裕は欲しかった。いきなり親子で対面して、矢野が平常心でいられる保障がなかったからだ。


「話……? 私、お母様と話すことなんて――」


「私にはあります」


 話は終始翔子さんのペースだ。というよりも、矢野がこの状況に対応できていない。このままじゃ、正しく終わることができなくなってしまう。


「あの……!」


 そう言って矢野の前に出たのは、俺だけじゃなかった。小野寺もまた、俺と同じように矢野と翔子さんの間に割って入っていた。

 昨日会った時とは違う、余所行き用の――いや、母親としての翔子さんの圧に思わずたじろぎそうになる。けど、ここで引いたらこれまでの全てが無駄になると思った。


「二人とも、どうしたのかしら?」


「その話、俺達も聞かせてもらえませんか?」


 小野寺の真意は分からない。でもこの瞬間、同じ行動を取ったからこそ伝わった。小野寺のやろうとしていることが、俺と同じだって。


「……分かりました。私も少し、気が早っていたみたいですね。――後ろの二人も、聞いていただいて構いませんよ」


「え?」


 俺達三人は、声を揃えて後ろを振り返る。


「いやぁ、参ったね。お見通しでしたか……」


「バレたなら仕方ないわね……」


「蓮ちゃん、牧野君……」


 翔太と蓮は気恥しそうにしながら、俺達と並ぶように歩を進める。

 そして、矢野を真ん中に五人が一列に並ぶ。これが特撮のヒーローだったら、きっとこれが最終決戦だろう。素顔のまま、体だけ変身したみたいだ。


「最初に謝らせてください。私の勝手な子育てに付き合わせてしまって、ごめんなさい」


 そう言うと、翔子さんは頭を下げる。顔を上げた翔子さんは、矢野を見据えてこう続けた。


「それと麗奈、これまでたくさん我慢させたわよね。……本当にごめんなさい」


 そして翔子さんは、一度目よりも深く頭を下げた。

 矢野以外が、この場で翔子さんを追及する必要はない。たとえ巻き込まれたのだとしても、俺達は今晴れやかな気持ちで選挙を終えることができたのだから。


 ここで言葉をかけるのは、矢野の仕事だ。


「……お母様、話ってこのこと?」


「他にもあるけど、これが一番の目的です」


「私を連れ戻しにきたんじゃないの? 勝手に転校して、矢野家の娘として相応しくない格好をして遊んで――」


「麗奈」


 翔子さんは、厳しくもありながら、隠し切れない愛情を込めてその名前を呼んだ。


「あの日、同じことを言った私に否定する資格はないかもしれません。でも、自分で自分を貶めるような発言はしないでください。あなたに、私達の大事な娘を悪く言ってほしくない」


「お母様……」


「それに、私の行動と違ってあなたの転校は”勝手”じゃないんですよ」


「どういうこと?」


「……本当にじいやの功績だと思っているんですね。いいですか? あなたが転校できるように計らったのは私です。つまり……どういうことか分かりますね?」


「……え? え、え?」


 明かされた事実に、矢野の脳が警報を鳴らしていた。それもそのはず、初めて聞いた時に俺達ですら相当驚いたのだ。数ヶ月信じ込んでいた当の本人からしてみれば、それ以上の衝撃だっただろう。


「私は、あなたの転校を認めている。これまでたくさん我慢させたんだもの、好きなように生きてみなさい」


「じゃ、じゃあ……私、このままこの学校にいていいの?」


「初めから誰もダメなんて言ってなかったの。けど、その勘違いのおかげでいいものが見られたわ。たくさんの人に大事にされているのね、麗奈」


「うん……」


 矢野に向けられた翔子さんの眼差しは、これまで見たことのない、温かく慈愛に満ちたものだった。


「それじゃあ、私は行くわね。あ、そうだ麗奈、たまには家に帰ってらっしゃい。……待ってるから」


 踵を返す翔子さんの背中が、今までより活力に溢れていると感じたのは、和解に立ち会ったからなのかもしれない。それでも、理想的な形で決着がついたと心から思えた。


「……お母様!」


 矢野が引き止めるような声を発したのは、翔子さんが校門を抜けようとした時のことだった。

 振り返った翔子さんに、矢野はただ一言「ありがとう」と笑顔で言った。

お読みいただき、ありがとうがとうございます。

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