#66 遠足当日は早めに家を出てしまう
明日の朝、俺は早めに家を出ていた。もちろん、今朝は小野寺と一緒に登校している。
落ち着かない朝を過ごしていたら、早々に小野寺と合流することになったのだ。
「早く……早く学校に着かないかな……」
「焦っても仕方ないぞ……歩く速度には、限界があるからな……」
言い聞かせるような口振りは、ほとんど自分に向けたものだ。
俺達は今、早足で通学路を歩いている。さながら競争をしているような気迫なので、周囲にはおかしな二人組だと思われているに違いない。
「それも、そうだね……だって……結果が発表されるのは八時半だもんね」
……って、マジかよ。
俺は、脇に見えた公園の時計塔が、まだ八時を指していないことに気付く。
目が覚めたから身支度を始めて、時計も見ずに家を出たら小野寺がいたから失念していた。どうやら俺達は、相当気が急いていたらしい。それにも関わらず、こうして早足で学校へ向かっているのだから、焦りすぎというほかない。
――この国には、”急いてはことを仕損じる”という言葉がある。
学校まではあと少し。残り少ない通学路くらい、いつも通りゆっくりと歩くことにしよう。
「……小野寺、休憩だ」
「……え?」
俺が急に足を止めたので、小野寺は声がかかるまでの数秒間分、前を行っていた。
もし、俺が小野寺を呼び止めなかったら、彼女は俺が隣にいないと認識するまで、どれほど先を行っていただろうか。言葉にしなければ、距離はどんどんと開いていってしまう。もっとも、言葉にしたとしても、今みたいに多少は距離が開いてしまうのだが。それでも、相手に伝えることで、離れていくのを繋ぎとめることができるのだと実感した。
「まだ八時前だし、早く着いても昇降口が閉まってたら困る。ここからはのんびり行こう」
「……うん、分かった」
もう一度小野寺と隣に並び、歩みを合わせて前へ進む。これがいつもの――俺にとって大事な登校風景だった。
「光、渚! 二人とも早いわね」
校門を抜けると、蓮と翔太の姿があった。
「蓮……。早いわねって、僕達の方が先に来ているんだよ?」
「あ、そうだった。じゃあ――遅かったわね」
「なんだその手のひら返しは……」
あまりに単調な蓮の変わり身に、俺は呆気に取られる。すると、制服の袖が誰かに引っ張られた。
「(間宮君、やっぱり早く来た方が良かったんだよ。蓮ちゃん、怒ってる……)」
「(いやいや、そんなわけないだろ。それに、蓮も別に怒ってるわけじゃ――)」
俺は言葉を切って、蓮の様子を窺おうと目を向ける。その視線が、蓮の鋭い眼と正面衝突する。
「何イチャついてんのよ」
うん、怒ってるかもしれないですね。
そんな呑気なやり取りを、翔太が手を叩いて中断する。
「茶番劇はそこまで。――ほら、主役のお出ましみたいだよ」
翔太の目線に釣られて、その場の全員が校門に注目する。その時、ちょうど校門を抜けた矢野が、こちらに駆け寄ってきた。
「おはよ――って、皆揃ってない?!」
すでに勢揃いしていた俺達を見て、矢野は驚いた声を上げる。
「主役は遅れてやって来るってやつだな」
「せっかくの主役だから、早く来たつもりだったのにー……。まだ二十分前だよ?」
校舎の壁面に高く据えられた時計は、八時十分を指している。俺達は揃いも揃って、地に足がついていなかったらしい。
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