#65 親の気持ちは、親になるまで分からない
中庭での集会から一時間後、俺と小野寺はファミレス――翔子さんと初めて会った時に訪れたあの店舗に足を運んでいた。俺は待ち人との集合場所に、ここを指定していた。
「あら、二人とも。もう到着していたのね」
俺達が席に案内されてから少しして、翔子さんが姿を現した。
前回、無理矢理連絡先を交換させられて助かった。そうじゃなかったら、今日の会合は成立しなかっただろう。
「思ったよりも準備に時間がかからなかったので、早めに着けました」
「ふふふ。男の子なら、そこは嘘でも今来たところって言うものよ。ね、渚さん?」
「そうだよ、間宮君」
「お、おう……」
小野寺は、一体どっちの味方なんだ……。
「という冗談はさておいて……」
「冗談だったんですか……?」
翔子さんがそう言うと、小野寺はおろおろと動揺した様子を見せる。
「まぁ、あながち冗談というわけでもないけれど」
「えっ、どっちなんですか……」
翔子さんが否定を繰り返す度に、小野寺の表情がころころと変わる。
外野の俺からしてみれば、面白がってやっているのは明白だった。
「……翔子さん、あんま小野寺で遊ばないでください」
「ふふ、ごめんね。やきもち焼いちゃったかしら」
「…………そういうんじゃないですから」
この人は厄介すぎる。大人だからというのを抜きにしても、終始ペースを握られっぱなしだ。矢野のあの奔放な言動は、翔子さん譲りのものなのだと思い知る。嵐の子は嵐といったところだろうか。
「渚さんで楽しませてもらったし、そろそろ本題を聞かせてもらうわね」
「私、本当に遊ばれてたんだ……」
話は前に進んだが、事実を目の当たりにした小野寺は肩を落としている。
「今日翔子さんに来てもらったのは、これを渡すためです」
そう言って、俺は机上にディスクを差し出す。それを見た翔子さんは、首を傾げて尋ねた。
「これは?」
「DVDディスクです」
「それは見たら分かるけど……」
……DVDとCDって、そんな簡単に見分けつくっけ?
助けを乞おうと小野寺に目を向けるが、小野寺は静かに首を振るだけだった。
「横から見たら、一目瞭然よ」
「そうなんですね……」
俺達の疑問を察してか、翔子さんは優しげな口調で教えてくれた。
「それで? どうしてこのDVDを私にくれるのかしら」
「そのDVDには、今日の演説会――矢野の演説が収録されています」
俺が翔子さんに渡したかった物。それは、矢野が演説会に臨む姿を収めた映像だ。
ファミレスへ向かう前、俺は小野寺と共に選挙管理委員会を訪れていた。
『最上先輩、お願いがあります』
『おや、間宮君! それに小野寺君も! 君達からの頼まれごとなんて、驚いたよ!』
『今日の演説会、ビデオで撮影してましたよね。たしか……綾音先輩が』
『はい。それが何か?』
『その映像、ディスクにさせてもらえませんか?』
先輩達は、その頼みを快く引き受けてくれ、十五分もしないでDVDディスクを入手することができた。
――それにしても。規則を守る為に矢野の部分以外をカットすると言ってから、あんなにも早く出来上がるなんて。綾音先輩は、動画編集もお手のものらしい。
「麗奈の……」
俺の話を聞いた翔子さんは、戸惑いの色を滲ませてディスクに目を落とす。それから俺の顔を見つめると、今度は瞳に強い光を宿して質問した。
「どうして、これを私に?」
「俺達、今日の演説会まで皆で協力して準備してきたんです。でも、当日登壇するのは矢野と小野寺だけ。だから俺、演説会が始まるまですごい緊張してました」
後日談として、それが俺だけじゃなかったことが分かったが、今話すべきは俺の感じたことだ。
「その時、思ったんです。子どもの発表会を見る時、親はこんな気持ちなのかなって」
「あら、その年でもうお父さん気分?」
「そう思うくらいには、本気で準備してた自信があります」
「麗奈ちゃん、最初はお母さんとのことで張り切ってたけど、途中からは大好きな学校の為に本気で生徒会を目指そうって、前よりも気合が入ってて……」
「……そう。麗奈がお世話になったわね」
「お世話とかじゃ……。私達はただ、大好きな友達の力になりたいっていう一心だったんです」
毅然と答える小野寺の瞳は、翔子さんに負けないくらい強い輝きを放っていた。
「正直言うと、見てもらいたかったんです。翔子さんに、矢野の晴れ舞台を」
「……ありがとう。明日までに必ず観ておくわ」
明日は、当選結果の発表がある。もう手の出しようがないとはいえ、本番はこれからだ。この親子関係にどんな終止符が打たれるか。それは、明日の結果に委ねられている。
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