#64 一嵐去ってまた一嵐
「会長候補の皆様、ありがとうございました。これにて、全役職の演説が終了となります」
今回の生徒会選挙は、全ての役職に二人以上の候補者がいた為、長丁場となった。そして、当選するのは各役職一名ずつ。つまり、ここから半分が落選することになる。
「お手元の投票用紙をご覧ください。これから皆様には、候補者氏名の下の欄に丸印を付けていただきます。印はそれぞれの役職につき一つまでとし、数が四個以外のものは無効票とします。こちらの準備が整いましたら、クラスごとに声をかけていきますので、用紙を四つ折りにして投函をお願いします」
「それでは、各自投票用紙に記入を開始してくれ!」
最上先輩から号令がかかり、全校生徒が一斉に同じ行動を取る。紙や筆記用具を取り出す音、シャーペンのノック音、芯が紙を削る音が塊となって体育館に木霊する。
その波が徐々に落ち着きを見せ始めたところで、再び綾音先輩からの指示が飛んだ。
「三年H組は、整列したまま投票用紙を投函してください。投票が完了した方から退場となります。お疲れ様でした」
俺達のはるか右方、三年の先輩達がぞろぞろと動き出す。この分だと、俺のクラスが呼ばれるまでは結構ありそうだ。
「(おや、ずいぶんと気が抜けた表情だね。これから投票だっていうのに)」
「(なんか、演説終わって安心したみたいだ。……思ってたより、肩の力入ってたんだな)」
「(恥ずかしながら、僕もそうみたいだ。光に強がってしまった手前、悟られるわけにはいかなかったけどね)」
「(全然気付かなかったぞ……)」
意外だという反応に、翔太はばつが悪そうに肩をすくめる。
さすがの翔太も、今回ばかりはクールに振舞いきれなかったらしい。
「――次、一年B組」
綾音先輩が、俺達のクラスを呼ぶ。いつの間にか、右隣に列はなかった。どうやら話に夢中になっていて、周りが見えていなかったようだ。
出席番号順に並んだ列のまま、投票箱のある出入口付近へ向かう。
用紙を投函しても、もう音は鳴らない。それだけの票が、すでにこの投票箱の中にはあるからだ。
……この箱を埋める期待を背負って、次期生徒会は発足するんだな。なんて候補者でもないのに感慨に浸ってしまう。
教室に戻れば、HRを残すのみ。投票を終えた俺達は、早々に放課後を迎えることになった。
「今ごろ選挙管理委員会は、大慌てで開票作業をしてるんだろうな」
「たしかに! もう、明日には投票結果が出るんだもんね! どうしよう! 緊張してきたー!」
俺達は、改めて中庭で集まっていた。演説会の終了を祝うという名目ではあったが、単に皆が顔を合わせたかったというのが大きい。部活組の翔太と蓮が、サボってまでここにいるのがその証拠だ。
「麗奈ちゃん、お疲れ様。とっても格好よかったよ!」
「ありがとう! でもでも、渚ちゃんも最高だったよ! それに、お疲れ様は皆もでしょ?」
俺達を見渡しながら、矢野はそう口にする。
「そうかもね。だって私、演説会の間は緊張しっぱなしだったせいで、筋肉痛になってるもの」
「おいおい大丈夫か? そんな調子じゃ明日気絶するぞ?」
「余計なお世話よ。……どうせ光もガチガチになってたんでしょ?」
「蓮、大正解だ」
「おい、翔太! なんでバラすんだよ!」
「減るものじゃないんだから、いいだろう?」
俺のメンタルは絶賛減少中だよ!
そうして中庭は賑わいを見せるが、それも長くは続かなかった。
携帯が音を立てると、矢野から「やば」という呟きが漏れる。
「――ごめん! 私、バイト行かないと! 本当に皆ありがとね、今度なんか奢るから!」
早口ながら明瞭な喋りを残して、矢野が中庭を去る。
「まったく……。演説会が終わったばかりだというのに、忙しないね」
毎度毎度、嵐のようなやつだと思う。
当選結果に親子関係、そして告白の返事。……実際、これから俺が向き合わなくてはならないものは、全て矢野絡みだ。そういう意味では、嵐と評するに相応しいと言える。
「主役も行ってしまったことだし、僕達も行くよ」
「ありがとな」
「それは私達にかける言葉じゃないでしょ。麗奈の次に活躍したのは、渚なんだから」
そう言って、蓮は翔太と連れ立ってしまう。その背中を見送る途中、抑えきれないツッコミ欲に駆られる。
……蓮、お前の活動場所はグラウンドじゃないだろ。
「間宮君、どうしたの……?」
「いや、なんでもない。……こほん、その……小野寺、本当にありがとう。推薦者もそうだし、色々と助けてもらって」
「ううん。翔子さんとのこと知ってるの、間宮君と私だけだったから。少しでも力になれればいいなって思ってて……」
「少しどころか、めちゃくちゃ力になったよ」
「それなら良かった……」
演説会で見せた高潔な姿とは違う、柔和に崩した表情が胸をくすぐる。
今日、壇上にいる小野寺を見て実感した。どちらかじゃない、両方が小野寺の素なのだと。そして、そのギャップを知っている人間は、ほとんどいない。そんな小さな事実に、俺の心は痛いくらいに高鳴っていた。
「……最後に一つ、力になってくれないか?」
「もちろん。……何をするの?」
「――翔子さんに、届け物をしたい」
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