#63 登壇、静と動の演説
小野寺と矢野が交代する。すれ違う瞬間、二人が目配せをしたように見えた。
ここからでは目視にも限界があるので、俺の気のせいかもしれないが。
「おい、あれって……」
「あぁ、間違いねぇ……俺達の姫――矢野麗奈さんだ……!」
またお前達か。……っていうか、どっちも姫なのかよ! せっかくなんだから変えろよ! 聖女とか天使とか嬢とか、他にもいくらでもあるだろ……。
声に出せない全力のツッコミで、俺は肩で息をする。
俺が勝手に疲弊している最中、矢野がマイクの前にやって来る。そして――
キーン……
演台の上面に、勢いよく手を置いた。その衝撃でマイクがハウリングを起こす。それによって、興奮していた観衆は水を打ったように静まった。
そして、矢野は大きく息を吸い込み、彼女の元気を声に乗せる。
「皆さん、こんにちは! 今回、生徒会の書記に立候補した、一年の矢野麗奈です!」
矢野の第一声が、凪いでいた水面に波紋をもたらす。それはすぐに伝播し、再びステージ上に喝采が届けられる。
さっき、俺は矢野の演説は動だと表現した。だが、それは間違いだと思い知る。彼女の――矢野の演説は静と動を使い分けた、人の心を掴むものなのだ。
「突然ですが、皆さんはこの学校が好きですか?」
その発言の後、矢野は耳に手を当て返答を待つ。ここでもし、一つも声が上がらなければ、パフォーマンスは失敗に終わってしまう。しかし、ここは今矢野の独壇場。色めき立った生徒達は、口々に矢野に答えを返す。
「うんうん。私もね、皆と同じ! この学校が大好き! ……さっき渚ちゃんが言ってたけど、私って一ヶ月しかこの学校にいないんだって。それを聞いて、私びっくりしたんだ。だって、こんなにも居心地が良くて、楽しい場所にまだそれだけしかいないなんて信じられないんだもん! もっと前からずっと、ずっと皆と一緒に生活してきたみたい、そんな風に思っちゃった……」
髪を弄りながら、恥ずかしそうに思いを零す矢野。思えば、矢野がこの学校に来てから、さらに日々が慌ただしくなったような気がする。言い換えれば、もっと充実した高校生活になった。
「学校だけじゃなくて、ここの生徒も先生も皆大好き! だからこの場所を、皆が楽しく過ごせる場所にする手伝いがしたいの! ――そのチャンスを私にください」
力強く、でも誠意を込めて、矢野は全校生徒に切願する。その思いは、果たして心を揺らすことができたのか。
「……これで、私の演説を終わりにします。ご清聴ありがとうございました!」
割れんばかりの拍手と賞嘆。生徒のみならず、教師陣からも起こったそれが、答えを表していた。
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