#62 登壇、静の演説
トップバッターが会計で助かった。実際の段取りを目にすれば、心構えも違ってくるというもの。これで本番前の不安は完全に払拭されたといえる(主に俺の)。
「会計候補の皆様、ありがとうございました」
「次は、書記の候補者が登壇だ! 一人目の候補者は石橋卓也君! 推薦者は山本清志君!」
最上先輩のかけ声に合わせて、壇上に二人の坊主頭が姿を見せる。一人は、本生徒会選挙のライバルにあたる男――石橋。そしてもう一人は――
「ただいま紹介に預かった、野球部元主将の山本だ」
……元主将ってことは三年生か。
たしかに、自分の推薦者を選ぶうえで、所属部に頼るというのは妥当な判断だ。しかし、石橋が彼を推薦者に据えた理由は、それだけではないようだった。
「きゃーっ! 清志君、頑張ってー!」
体育館のあちこちから、似たような黄色い声が上がっている。
俺達と同様、あちらも人気者を推薦者にしていたらしい。
まずいな……。相手が同じ手段を取ってくることなんて分かりきっていたことなのに……油断していた。放送室でも姿を見せなかったし――いや、仮にそこにいたとして、俺は見ず知らずの三年生を警戒できていただろうか。
歯痒さを覚える俺に、翔太が振り返る。
「(……これは少々驕っていたね。でも、もう演説会は始まってしまった。今は矢野さんと小野寺さんを信じるしかないよ)」
「(そうだな……)」
翔太の言う通りだ。ここで俺が焦ってもしょうがない。自分達が準備してきたことを、登壇する矢野と小野寺を信じよう。
「知っての通り、我らが野球部のレギュラー争いは激しい。その中で、石橋は一年生にしてレギュラーの座を手に入れた」
山本先輩の目線での紹介に、石橋が鼻高々な表情を浮かべる。
……やっぱりすごかったんだな、レギュラーって。
そう感心すると同時に、一つの違和感が生まれる。周囲を見渡しても、ほとんどの生徒が山本先輩から視線を外さず、石橋に関心を向けようとしないのだ。
「清志君、こっち向いてー!」
おまけに歓声もこの始末だ。騒がしい観衆達は皆、山本先輩にしか興味がないみたいだった。
「これは偏に、石橋自身の努力あってこその功績だ。粘り強く練習を重ね、鍛錬に励んだ結果だろう。……生徒会とは、学校の中心となる組織だ。それならば、求められる人材は有能な人物に他ならない。故に自分は、生徒会書記として石橋を推薦したい。以上だ」
山本先輩は、そう言って簡潔に話をまとめた。踵を返す山本先輩と入れ替わる形で、石橋がマイクの前に立つ。すると、名残り惜しそうな声を最後に、体育館のざわめきは鳴りを潜めた。
石橋は、すでに肩肘の張った状態だ。固唾を飲む音が、ここからでも聞こえる気がした。
「生徒会書記に立候補した、石橋卓也です。俺は……あ、私は、この学校の行事に力を入れたいと思っています。今年の文化祭は、とても盛り上がりました。それを見て、自分もこんな風に行事を盛り上げてみたい。そう思うようになりました。その為に生徒会に入りたいと考え、その中でも行事の広報などができる書記の仕事に魅力を感じ、立候補しました。私が当選したら、これまで以上に行事を盛り上げると約束します。……以上です」
公約で断言するとは、石橋も中々胆力があるな。この状況が石橋を歓迎していたなら、間違いなく強力な演説だっただろう。……だが、石橋は選択を誤った。結局石橋は、推薦者の人気にあやかるどころか、その輝きに飲まれてしまったのだ。
「素晴らしい演説ありがとう! それでは二人目にいこう! 候補者は矢野麗奈君! 推薦者は小野寺渚君だ!」
対戦相手に同情しているほど、俺達にも余裕がない。石橋は空ぶったものの、山本先輩の人気は絶大だ。彼の人望が、ホームランを生み出す可能性は大いにある。こちらも今のうちに点数を稼がなければならないのだ。
「おい、あれって……」
「あぁ、間違いねぇ……俺達の姫――小野寺渚さんだ……!」
誰が姫だ。それに俺達って、ファンクラブでもあるのか?
どこからか聞こえてきた会話にツッコミを入れたところで気が付く。小野寺の登壇に、体育館内がまたしても騒がしくなり始めていた。
「矢野さんの推薦者を務める、一年の小野寺渚です。よろしくお願いします」
小野寺が頭を下げると、それだけで歓声が上がる。その熱気は、山本先輩に対するそれに勝るとも劣らなかった。
「私が、矢野さんを推薦したい理由は一つ。それは彼女の人柄が、生徒会――中でも書記の仕事に適しているからです。矢野さんが転校してきてから、まだ一ヶ月ほどしか経っていません。それでも、この場に彼女のことを知らない、話したことのない人はいないのではないでしょうか」
小野寺の問いかけに、ざわつきが一層強くなる。演説会用の原稿に目を通してはいたが、今聞いても全校生徒と接点があるって冗談みたいだよな。
嘘だと思われても構わないが、ここで誰からも反論が上がらない時点で、もうこっちのものだ。
「この顔の広さと、矢野さん自身の明るく誰でも気兼ねなく接することができる性格は、広報活動を兼ねる書記の仕事で必ず活きてきます。私は、学校の中心になる生徒会にこそ、矢野さんのような人物が必要だと考えます。ご清聴ありがとうございました」
小野寺が話を終えると、疎らに拍手の音が聞こえる。
落ち着きを感じる小野寺の話しぶりが、心にすっと入り込む静の演説なら、矢野の喋りは心に訴えかける動の演説だ。最強コンビの演説は、まだ終わってない。
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