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#60 「ありがとう」はどこへ行く

ユニーク5000PV御礼申し上げます。

生徒会選挙編も、残すところあと数話です。

「間宮君、ありがとう」


 そう小野寺に告げられたのは、矢野から時間をもらった日の帰り道だった。

 最近は、小野寺と接する機会がほとんどなかったような気がする。これまでも何度かタイミングが合わない時があったが、連続して一人になるというのは初めてのことだった。

 当日は忙しさや自分の置かれている状況に頭がいっぱいで気にはならなかったものの、やっぱり寂しいものは寂しい。いつの間にか小野寺が隣にいることが当たり前になっていた、そう実感した。


「俺、何か感謝されるようなことしたか?」


 申し開きをさせてもらうと、俺には一切の心当たりがなかった。さっきも言った通り、ここ数日――先週以降は小野寺と話す機会もあまりなかった。月曜の朝は一緒に登校したが、その日の俺には余裕がなかったわけで……。

 自覚のない俺の問いに、小野寺は隣を見ることなく答える。


「……麗奈ちゃん、元気になったみたいだったから。多分、間宮君が何かしてくれたんじゃないかなって……」


 昨日の矢野の振る舞いに、小野寺も違和感を覚えていたのだろう。

 しかし小野寺、それは俺を買い被りすぎだ。たしかに、今朝の一件で矢野の心(と俺の心)が軽くなったのは間違いない。でも、そもそも気まずい空気が流れた原因は俺にある。答えることを放棄し、その場から逃げた責任は重い。だから、これはヒーロー的な活躍ではなく、ただ責任を果たしただけなのだ(保留という選択ではあるが)。


「俺は何もしてないよ……何も……」


「そうなんだ。――じゃあ、私の『ありがとう』どこに行っちゃうんだろう……」


「え?」


「間宮君が何もしてないなら、ありがとうの行き先はどこなんだろうって……」


 なんだその質問は! 小中高と文章の読み取り問題はいくつも解いてきたが、こんな難解なものはなかったぞ。っていうか、これって答えあるのか……?


「さ、さぁな……行き場をなくして彷徨ってから、空気中で分解されたりするんじゃないか?」


「そうなの?!」


 ……いや、適当です。そんなに目を輝かせながらこっちを見なくても……。


「っ……」


 ぐっと近づけられた顔の距離に、思わず顔を逸らしてしまいそうになる。だが、小野寺は無意識に距離を詰めたのか、平然とした面持ちで俺を見つめている。

 相変わらずの端正な顔立ちは、近くで見ても揺らぐことはない。それどころか、肌のきめ細やかさが強調され、より美しいとすら思える。


 弧を描いて上を向いたまつげが、夕日を反射して橙色の光を放っていた。この日、俺はまつげにキューティクルがあると初めて知った。


「お、小野寺……その、近くないか……?」


 整った目鼻立ちを視界に焼きつけた後、俺はおずおずと申し出る。


「え……? ――あ…………」


 ぽつりと呟きを落とした小野寺は、温度計の赤い灯油のように、首元から頭の先までがみるみるうちに赤く染まっていく。


 人って、こんな綺麗に赤面できるんだな。

 その様を見て、俺はなぜか冷静に思考することができていた。


 小野寺は慌てて距離を取ると、向かい合った俺を見据えて名前を呼んだ。

 

「ま、間宮君!」


「……なんだ?」


「ありがとうは、空中で分解されません」


「だろうな……」


「……まだ、ここに残ってるの。だから、これは前払い」


「――いつか、この『ありがとう』の行き先を作ってくれない?」


「行き先って、どういう――」


「今度、私のお願いを一つ叶えてほしい」


 その提案に、俺は頷いた。『ありがとう』がどこへ行っても構わない。それでも、小野寺とこの約束をすることが、俺には大事なことのように思えた。

お読みいただき、ありがとうがとうございます。

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