#57 そして再び屋上へ
ユニーク5000PV達成しました。ありがとうございます。
生徒会選挙編、引き続きお楽しみください。
小野寺に今日は先に行くと連絡し、今朝は早々に家を出た。
朝食を無言で食べ進めてしまったから、飛鳥にも心配をさせてしまった。兄として恥ずべきことだとは分かっているが、今日だけは我慢してほしい。今度、またプレゼントを買ってあげるから……。
うっすらと零れた涙が、通学路にきらりと煌めく(全く見えなかったけどそういうことにしておこう)。
変に情緒的な気分なのは、これから向き合うべきことに浮足立っているからなのかもしれない。もちろん期待ではなく、不安や恐れの方でだ。
ただ、格好よく決心という単語を使ったものの、その実問題を先延ばしにしているにすぎない。だから、この選択に明確な自信を持っているわけではなかった。
一年生とはいえど、もう十月の中旬。通い慣れた通学路は、物思いに耽っていても足が勝手に前に進んでくれていた。
人生も、そうやって勝手に進んでくれたらなというのは、無責任だろうか。選択をせず、提示された道だけを歩む人生……自分で言った割に案外しっくりとこなかった。
きっとそういう人生だったら、今俺の周りにいる人達には会えなかったはずだから。この関係は、俺が選択したからこそだという自負があった。自分が選択して、相手が選択して、そうして初めて人と人は関係を築いていくのだと思う。
それなら、今日のこの選択も矢野との関係に新しい風を吹かせてくれると信じたい。
「矢野は……まだいないか」
首を回さなくても、目線だけで見渡せる踊り場。そこに矢野の姿はない。
俺はリュックを床に置き、矢野を待つことにする。荷物は教室に置いてこなかった。すでに登校していることを、他の誰にも悟られたくなかったからだ。
朝練に励む野球部の暑苦しい声が、静かな校舎を駆け巡る。
そういえば、野球部は朝練があるんだったな。教室集合にしなくてよかった……。俺は昨日の自分に賞賛を送る。
「ん?」
金属バットの甲高い音の中に、パタパタという慌ただしい音が混じっていることに気付く。その音は一定のリズムで、どんどんと大きくなっていく。そして、それが自分の方へ向かってきていると確信した時、彼女の息遣いが感じられた。
「ごめん! 遅くなっちゃった……!」
息を切らしながら、踊り場に現れたのは矢野。頬を赤く染める彼女の火照った体温が、こっちにまで届いてきた。
どうやらここまで全力疾走してきたらしく、膝に手を乗せ呼吸を落ち着かせようとしている。
「あぁ……いや、俺も今来たところなんだ。だから気にしないでくれ」
「はぁっ、そう……? はぁっ、なら、良かった……ふぅ……」
「……大丈夫か?」
あまりの呼吸の乱れに、思わず声をかけてしまう。
「え……? はぁ、うん、大丈夫だよ……」
「……とてもそうは見えないんだが」
顔を上げて答えた矢野の姿に、鼓動が強く鳴る。
それから矢野は、心配をかけさせまいとしてか上体を起こした。
――だが、それがまずかった。
矢野が息を整えるまでの数分間、俺は固唾を飲んで固まることになる。なぜなら、上気させた顔と潤んだ瞳で俺を見つめ――
「はぁ、はぁ……。ふぅ……」
扇情的な吐息を漏らしていたのだから。
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