#56 まさか呼び出す側に回るとは
「まずは連絡だな……」
俺は少ない連絡先一覧から、最近追加された人物の名前を選択する。
「あ、そういえば……」
表示された履歴を見て、過去に何度かやり取りをしていたことを思い出す。やり取りと言っても、些細な内容がほとんどだ。『選挙手伝ってくれてありがとう! 頑張るね!』『俺達も全力を尽くす』というメッセージを最後に連絡が途絶えていることが、なぜか今は胸を締め付けていた。
……別に、LINEで会話しないことくらいよくあることだろ。なんなら、俺はこれまでほとんど使ってこなかったんだし。それに、この時はまだ直接話をしていたんだ。……この時は。
気付けば自分が人肌恋しい性分になっていたと知って、自虐的な笑みが漏れてしまう。こんな風に変わったのは――あるいは戻ったのは、やはり小野寺のおかげなのだろう。
「俺が好きなのは――」
そうやって結論を急ぐ必要はない。たとえ心の内で決まっていても、言葉にするにはまだ早いような気がしていた。だからこそ、ここで矢野に連絡を取ることにしたのだ。
『明日の朝、選挙運動前に学校で会えないか? 話がある』
少し簡潔すぎただろうか。いや、下手に飾り立てた文章を書く方が、かえって決心が鈍ってしまいそうだ。
俺は一度深く息を吸い、送信ボタンをタップする。
「…………はぁー……」
それと同時に停止していた呼吸が再開し、口から一気に空気が放出された。
後には引けないという背水の意識と、一歩前進できたという前向きな意識がせめぎ合っていた。
――しかし、それも束の間。矢野からの返信を携帯が知らせる。
『分かった。どこに行けばいいかな?』
まずは了承を得た。次は、場所の選定だ。
最初に思いついたのは、教室。クラスメイトの話によれば、早朝や放課後の教室というのは告白の鉄板らしい。これまで幾多の告白が行われ、玉砕してきたとか(泣きながら話していたし、実体験なのかもしれない)。告白――ではないにしろ、それに近しい話をするわけだから、候補としては悪くないだろう。
ただ、一つ問題があるとすればこの時期が選挙期間だということ。早めに集まることができたとしても、いつどこで人が現れるか分からない。……石橋に廊下で声を聞かれでもしたら、最悪なんてもんじゃない。
呼び出し絡みで考えると、あとは体育館裏とかだろうか。これは表の青春というより、裏の青春だな。『来てくれてありがとう』が『よく来たなワレェ!』となり、『好きです!』は『ぶっ潰す!』となった血みどろな青春が目に浮かぶ。……うん、却下だな。
他に候補を挙げるとすると、中庭か――
突如俺の思考に、新学期最初の日の光景がフラッシュバックする。
「――屋上」
……まぁ、どうやって入ればいいか分からないけど。俺は小野寺みたいに優秀な生徒じゃないから、鍵を手に入れることは難しい。俺が屋上清掃をするって言って信じる教師なんていないからな。
けど、中に入れないことを抜きにしても、あそこは人の通りが少ない。話をするには持ってこいの場所に思えた。矢野には悪いが、立ち話に付き合ってもらおう。
『屋上階段の踊り場って分かるか? そこに来てほしい』
ちなみに屋上には入れない、と補足を加えて送信ボタンに触れる。もう、呼吸は整っていた。
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