#55 暗い顔は見たくないから
「……矢野に告白された。好きだって……」
「……そう」
俺の告白に、蓮は短く言葉を返す。その後、蓮からの追及はない。ただゆっくりと、俺の次の話を待っていた。
ここで野次馬根性を発揮されなくて助かった。俺は胸の内で蓮に感謝した。
「この間の土曜さ、出かけた先でたまたま矢野と会ったんだ。それで、家の近くで飯を食べることになって……」
「そこで告白されたわけね」
「あぁ……」
「聞いておいてなんだけど、私には全く関係ないわね」
「まぁ、そうだ――」
「とでも、言うと思った?」
茶目っ気のある行動とは裏腹に、言葉の調子は真剣そのものだった。蓮は大きく息を吐くと、呆れたように言う。
「あのね、関係大ありなの。……何よその顔。もしかして、なんでか分からないとか言うつもりじゃないでしょうね」
「いや、その通りと言いますか……。説明していただけたらなというか……」
「あんたね……」
ただでさえ溜まっていた蓮の呆れゲージが、これでもかと天井を叩く音がする。思えば、俺は蓮にため息をつかれてばかりな気がする。もちろん俺が悪いということは理解しているが――
「本当に何も分かってないのね」
……どうやら何も分かっていないらしいです。
「じゃあ記憶力のテストよ。どうして光は、私の恋路を手伝ってくれたのでしょうか?」
「それは……」
俺は、三人の絆がより強固になった出来事を回想する。
中学生当時、俺と翔太と蓮はいつも行動を共にしていた。いわゆるいつメンというものなのだろう。しかしある日を境に、蓮が冴えない表情を浮かべることが増えた。理由は恋――翔太との関係だ。
蓮の家は茶道の家元で、後継ぎともいえる交際相手については厳格な審査が設けられていた。そして翔太は、榊原家のお眼鏡に適わなかったのだ。つまり、二人の恋路は断たれたようなものだった。
それでも蓮の両親を説得し、翔太を再び奮い立たせようと俺が思ったわけ。それはシンプルながら、こっぱずかしい理由だった。
「いつも一緒にいる奴の暗い顔を見たくない……か」
「……正解よ。だからちょっと驚いたわ。光が麗奈に暗い顔は似合わないって言い出した時はね」
「正直、あの時は覚えてなかったけど……」
「それでもよ。むしろ覚えてなかったからこそ、それが光の変わらないところって言えるんじゃないかしら」
自分に一貫した軸がある。そんなこと、これまで考えたことがなかった。だが、蓮の言う通り、意識していなかったことこそ真に一貫していたことの証明なのかもしれない。
「……それで? 私が言いたかったことは分かってくれた?」
「俺の暗い顔を見たくないってことだろ?」
「そう。今日のあんたってば、本当にひどい顔だったんだから」
「顔がひどいのはいつものことだ」
「はいはい。……随分調子出てきたじゃない」
「お陰様でな」
やっぱり、俺はあの時二人に相談するべきだった。いや、二人でなくても誰かに打ち明けるべきだったのだろう。
……話すだけで、こんなにも心が軽くなるなんてな。
心がすっきりしたついでに、頭もなんだか冴えてきた。これから、俺が矢野に対してどう向き合うか。その答えを得たような気がした。
「蓮、ありがとな」
「今度ご飯奢りなさいよ」
日が沈んだ空の下では、瞳に映る俺は見えない。けれど、晴れやかな顔をしているという実感があった。
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