#54 三年越しに約束を果たす時がきた
夕方の公園で、俺と蓮は園内に二つしかないブランコを占領していた。幸い、ブランコを使いたい子どもは俺達以外にはいないようだ。当然、乗りたいと言われれば退くつもりでいる。……本当だぞ?
「途中のやけに濃厚なシーンは置いておくとして、随分面倒なことに巻き込まれたわね」
「それは……俺もそう思う……」
言葉を交わしながらも、互いの視線は交差しない。地面に映る横並びの影は、蓮の姿を大きく描き出していた。
「でも、それは私がここに誘ってからのことでしょ? 私が聞きたいのは、麗奈とのこと」
勘のいい……というのは、この場合不適切なのかもしれない。石橋の挙動が傍から見れば分かりやすいように、俺の振る舞いも蓮からすれば明らかなものだったのだろう。
連結部分のキコキコと軋む音が、無言の間を埋めている。
「……はぁ。こういう時一人で抱えようとするの、あんたの悪い癖よ」
「そうか……?」
「そうよ! 誰にも相談しようとしないくせに、顔にだけは一丁前に出して……! 中学の時、私と翔くんがどれだけ心配したと思ってるの?」
その言葉に、俺は弾かれたように蓮の方を向く。向いた先には蓮の瞳があり、それが仄かに水気を帯びているように見えた。
夕日に照らされて鏡面みたいになった瞳孔に、俺の顔が映し出される。
――ああ本当だ。こんな情けない顔してたんだな。
「なぁ蓮、ベンチ行かないか?」
「え? ……分かったわ」
最初は戸惑った表情だったが、俺の意図を理解してくれたらしい。蓮の相槌からは、意気込みが感じられた。
「ここに来たってことは、ようやく話してくれる気になったのかしら」
「……そうだな」
正直なところ、まだ覚悟は足りていないと思う。けど、ここに――このベンチに腰かけるということが、俺と蓮の間で何を意味するか。それを忘れたわけじゃない。
「”ここに座ったら、どんなことでも打ち明ける”。そうやって約束したわよね」
「……覚えてるよ」
中学時代、蓮と翔太が付き合うまでにはいくつかの壁があった。その度に俺は、このベンチで相談に乗ってきたのだ。
「懐かしいわね。私が翔くんと付き合うようになって、光にお礼がしたいって言ったら、あんたなんて言ったか覚えてる?」
「『今度は俺の相談に乗ってくれ』だろ?」
「覚えてるのね……。それで? あんたは私に何か相談したかしら?」
「いや、それは……」
隣からの圧力に、俺は肩身が狭くなる。
――そう、結局俺は溝口とのことはおろか、他の悩みすら蓮に相談することはなかった。なるほど悪い癖というのは、言い得て妙だな。
「まぁ、それでも? こうして光が私に何かを相談しようって気になってくれたのなら、それは嬉しいことよね」
柔らかい笑みを浮かべる蓮に、あの日の翔太が過る。勉強合宿をしたあの日、嬉しいと口にした翔太も同じ表情を見せていた。
今なら分かる。俺はすぐに二人に相談するべきだった。一人で抱え込んで、前に進むことを恐れるよりも先に。もし過去に戻れるなら、当時の俺のケツを叩いてやりたい。
でも、今からでも遅くないよな。今でも蓮は、こうして俺の話を聞こうとしてくれている。
あの時の約束を、今日果たすんだ。
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