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#52 石橋を叩かないし渡れなかった

 週が明けて、選挙運動が始まった。期間は三日間。つまり、今週いっぱいで選挙に決着が着くことになる。

 木曜日に演説会と投票が行われ、翌日の金曜日には結果が告示される。掲示板に結果が張り出される為、さながら入試の合否発表日のようだという話だ。


 そして俺達は、朝の選挙運動を終え、昼休みに放送室を訪れていた。

 そこには案の定と言うべきか、選挙管理委員会の副委員長を務める綾音先輩の姿があった。最上先輩が委員長を務めているのだから、想像に難くはない。


「それでは、矢野さんと石橋さん。書記候補のお二人には、後ほどこちらのブースで選挙運動を行っていただきます」


「はーい!」


「分かりました」


 矢野の元気な返事とは対照的に、石橋と呼ばれた男子生徒は淡々と返事をする。


「(あれ? 石橋ってうちのクラスの……)」


 矢野の立候補相手――石橋は、蓮と同じD組の生徒のようだ。


「(その石橋は有名人なのか?)」


 石橋の名声次第では、我らが最強コンビの影響力にもそこまで期待ができなくなってしまう。情報収集も立派な戦い方だ。


「(ううん、全然そんなことないわよ。野球部のレギュラーを獲ったって、最近教室で自慢してたくらいかしら)」


 そんなことないって……。結構すごいと思うぞ? 野球部のレギュラー。

 ……それはともかく。石橋個人にそこまでのインパクトがないと分かっただけで収穫だ。彼には酷だが、勝つのは俺達だ。


「……」


 小声での会話に気付かれたのだろうか。一瞬、石橋から鋭い視線を向けられた気がする。しかし、すぐにブースに移動してしまった為、その疑念を確かめることはできなかった。


「さっきの石橋君が、私の対戦相手なんだね! よーし、頑張るぞ!」


「れ、麗奈ちゃん! 今、石橋君が話してるから静かにしないと……!」


「あ、ごめん……。大丈夫かな……?」


 小野寺から注意され、矢野はブースの様子を外から確認しようとする。仕切りが透明ということもあり、石橋が原稿を読んでいる姿を俺達も見ることができた。


 あんまり覗いてると、石橋も緊張するだろ……。


 そう思って目を離そうとした時、ちょうど石橋が外に目をやった。と思いきや、あまりにも速い動きで顔を背けてしまう。

 ――まるで、意中の人と目が合ってしまった時のように。


「よかったー。石橋君、大丈夫そうだったね」


 安堵で力を抜いた矢野の手元から、四つ折りにされた紙が落ちる。


「あ、おい、原稿落としたぞ……」


 俺は紙を拾おうと、そう言って膝を折る。

 そして、同時に屈んだ矢野と手が触れ、目が合った。


「あ……」


「…………」


 ――正直、油断していた。いつも通りのつもりでいれば、元のように振舞えると。放送室に来るまでの間で、まだ一度も話すことができていなかったというのに。


 一昨日、矢野は俺を好きだと言った。でも、俺はそれに答えることができなかった。結局あの日、俺は矢野を置いてその場を立ち去ってしまった。それからずっと、矢野のあの穏やかな表情が頭から離れない。


「その……」


「ありがとね! ……あー、どうしよう! 急に不安になってきちゃったよ! 全部覚えてきたけど、噛まずに言えるかな?」


 俺が何かを言う前に、そそくさと立ち上がった矢野はまくしたてるような勢いで言葉を並べる。


「万が一の為に、原稿を持ってきているんじゃないのかい?」


「そうだけど……! 本番って思ったら緊張してきたよ……」


「あのね、麗奈ちゃん。緊張する時は、手の平に人って書いて――」


「本当? それやってみるね! ……えーっと、人人人――」


 近くの会話が、なんだか遠くに聞こえる。

 こんな調子で、この不甲斐ない様で、残りの選挙期間戦うことができるのだろうか。


「光、あんた今日の放課後空いてる?」


 蓮からそんな誘いを受けたのは、矢野がブースの扉を閉めてからのことだった。

お読みいただき、ありがとうがとうございます。

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