#51 思いは結ばれて固くなる
なんなんだ、この状況は……。
ハンバーガーを食べ終えてから、矢野は一言も言葉を発していなかった。代わりに、ストローの包装を弄りながらいくつも結び目を作っている。そして俺は、その様子をただ眺めることしかできなかった。
結び目の数が五つ目を迎えた時、矢野が口を開いた。
「……光君ってさ、渚ちゃんのこと好きなの?」
「え? ……な、ななな何言ってるんだ?!」
不意打ちとは、まさにこれのこと。俺はここが店内だということも忘れ、素っ頓狂な声を上げて立ち上がってしまう。
「何って、そのままの意味だよ。光君は渚ちゃんのことが好き?」
変わったのは言い方だけかよ……。
できれば言わんとしている意味も変わっていてほしかったところだった。
「そりゃあ、まぁ、好きなんじゃないかな? そうじゃなきゃ、ああやって毎日昼食べたりしないだろ……」
やれやれ、と内心で思いつつも、一応の返事をすることで席に着く。
答えたようで答えていない。そうやって、いつもみたいに濁して終わろうとした俺を、矢野の視線が縫い留める。
「友達として、じゃなくて異性として好きなの? ……お願い、教えて」
真剣な眼差しに当てられ、俺は思わず息を呑んだ。
……どうやらこの質問は、茶化さずに答えなくちゃいけないらしい。
俺は、小野寺のことが好きなのか。思っているだけではなく言葉にする為、俺は改めて自分の心を見つめる。
「俺は……小野寺のこと、好きだ、と思う。その……異性として」
「『思う』って?」
「分からないんだよ。人を好きに、異性として好きになるのがどういう感覚なのか。……こんなの初めてだったんだ」
幼稚園で先生に一目惚れした時も、小学校で隣の席の女子に心打たれた時も、中学校で溝口のスキンシップに勘違いした時も、こんなに胸が高鳴ることはなかった。
”恋”はした。でも、”好き”なのかは分からない。だって――
「それを認めたら、もうこの気持ちに蓋ができないような気がするんだ……」
人間を最も愚かにする感情は、恋だと思う。恋の前に人は冷静さを欠き、先人は数多の失敗を重ねてきた。そしてその轍を、俺は必ず踏むに違いない。
今の関係があまりにも心地良すぎて、俺はそこに亀裂を入れるのが怖かった。
「……そっか。そうなんだね……」
矢野は、俺の答えに一度だけ深く頷くと、手に持っていた包装をトレーに置く。気付けば結び目の数は十を超えていた。
「……私もね、恋をしてるの。本当に最近のことなんだけど、その人のことを見るだけで胸がぎゅってなるんだ。でも不思議なことにね、いつ好きになったか分からなくて。……だってその人は、私のことをいつも助けてくれるから」
もしかしたら、初めて会ったあの時かもしれないし、私の為に動こうとしてくれたあの時かもしれない。そう口にする矢野の表情は、穏やかだった。穏やかで、温かくて、彼女が意中の相手に向ける感情が、紛れもなく本物であるとひしひしと感じた。
「私はさ、きっと我慢できない。我慢してたら掴めないって知ってるから」
自分を押し殺し、相応しい娘になろうとした結果、矢野は多くのものを掴み損ねてきた。だからその信条を、俺に止めることはできなかった。
「――私は、光君が好き」
たとえその告白が、自分へのものだったとしても。
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