#49 おかしな出会いは再びここで
土曜日、俺は久しぶりにニナのライブに行くことにした。会場はもちろん、小野寺と初めて出会ったあのライブハウスだ。
夏休み最終日の一件から、なんやかんやで足を運べていなかったからな。こんなにもライブに参加しないなんて、以前だったら考えられない話だ。もしかしたら、俺はもう偶像に頼らなくても平気になったのかもしれない。
それでも今日このライブハウスに来たのは、ある種の願掛けみたいなものだった。昨日は立候補者への今後の予定に関する説明会が開催され、来週から公式に選挙活動が開始することになる。俺は今まで、入試や試験などの前には必ずライブに行くことにしていた。ニナの加護のおかげか、これまで大きな失敗はしていない(補修には何度かなったが)。だから今回も、生徒会選挙の本格始動を前に参拝しておこうというわけだ。
「みんなー、ありがとー! これからもニナのこと、たっくさん応援してね!」
……うん、今日もニナのライブは最高だった。ライブの内容に関しては、本来口外を禁じられている。だから俺は何も語らないが、興味のある人はライブレポートを見てみるといい。運営が黙認したライブのネタバレがそこにはある。
「さて、握手をしにいくかどうか……」
これまで迷ったこともないのに、今日はなぜか気が進まなかった。
……まぁ、せっかく来たんだし、握手せずに帰るのも勿体ないか。
そんな貧乏性な理由で、俺は列に並ぼうと足を向けるが……
「きゃっ!」
「ご、ごめんなさい!」
周りを確認せずに踏み出したのがいけなかった。他のライブ参加者と体がぶつかってしまう。
「大丈夫ですか――って、矢野?」
「え、光君?!」
俺がぶつかった女性は矢野だった。いつもサイドテールにしている金髪は真っ直ぐ下ろされ、普段とのギャップを感じる。
「ど、どど、どうしてここに?」
「それはこっちのセリフだ……。……っていうか、なんでそんな動揺してんだよ」
そうは言うものの、俺も内心は狼狽えまくっていた。なぜなら、俺がニナのライブに行っていることは、小野寺以外知らない。ここで見知った顔と遭遇するとは思っていなかったからだ。
「いやぁ、その、なんていうか、アイドルっていうのを見てみたくてさ? ちょうど通りかかったから覗いてみようかなって……」
たしかに矢野の装備は、どう考えてもライブ常連参加者のそれではなかった。サイリウムもなければ、うちわもタオルもない。本当にたまたま参加しただけなのだろう。
実を言うと、俺も今日は丸腰だった。いつもなら持参している装備一式を、どうしてか持って行く気力が起きなかったのだ。
――そう、例えるなら今の俺は剣を持たぬ勇者。ここで姫が襲われようとも振るう剣を持たぬ、哀れな戦士……。
自分の世界に入りかけていたところで、矢野の声に引き戻される。(ちっ、いいところだったのに……!)
「光君もアイドルが見たかったの?」
「まぁ、そんなところだ……」
今の俺を見て、常連参加者だとは思うまい。ただ気乗りしなかっただけだが、普段着で来たことが功を奏した。
「ねぇ、光君も握手しにいくんだよね。一緒に並ぼうよ!」
「……いや、俺は遠慮しておくよ」
ニナに会えば、俺が常連だってことが簡単にばれてしまう。自慢じゃないが、俺はアイドルに顔を覚えてもらってるタイプのファンなんだぜ?
「えー、そっかー。じゃあ、私並んでくるから少し待ってて!」
薄々察してはいたが、やはり現地解散とはいかないらしい。
自分を刺す周囲の視線から逃げるようにして、俺はそさくさとライブハウスの外へと出た。
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