#46 通話の品質はいかがでしたか? ★★★★☆
そして、翌日の放課後。互いの家に帰った後、再び俺達は言葉を交わすことになる。
もちろん昨日は、しっかりと小野寺を家の近くまで送り届けた。なぜ近くまでかと言うと、「お父さんに見つかったらダメだから」という小野寺からの警告を受けたからだ。
……小野寺の父親は、一体何者なんだ……? 俺、怪しいものじゃありませんよ? いや、夜にも関わらず自宅に連れて行ってしまったのだから、親御さんからすれば怪しさ全開の男なんだよな。
俺は、頭を振って強引に雑念を振り落とす。
昨日のことは、もう引きずるな。しっかり反省して、二度としないよう気をつければいい。
――それよりも。今向き合うべき問題はこっちだ。
手中に収まる携帯、その光輝く画面には小野寺とのトーク履歴が表示されている。元々チャットアプリに不慣れだったこともあり、俺達の会話は文面だけ見ると中々に淡泊だ。
『明日のお弁当のリクエストはありますか?』20:07
『ポテトサラダが食べたい』20:12
『分かった』20:13
『いつもありがとな』20:15
『うん』20:32
……もっとスタンプとか使った方がいいのか? 前に翔太と蓮のやり取りを見せてもらった(二人の許可は得ている)が、簡単な連絡はスタンプで済ませていたような気がする。
「って言っても、スタンプなんて柄じゃないよな」
デフォルトで使用できる、キャラクタースタンプに目を通す。了承や疑問といった文字を打つのが億劫になりそうなものから、驚きや悲しみといった文字に起こしづらい感情をカバーするものなど多岐に渡っている。
「試しに何か使ってみるか……?」
そんな風にボーっと画面を眺めていると、履歴に最新のメッセージが表示される。
『準備できたよ』
「うわっ!?」
その連絡に、俺は慌てて携帯を手から滑らせそうになる。なんとか落とさずに済んだものの、正直気が気ではなかった。
速攻で既読を付けてしまった……。気持ち悪いとか思われてないだろうか……?
頭の中を様々な感情がぐるぐると回り始める。この思いを伝えることができるスタンプはあるのだろうか。…………ん? スタンプ?
俺は先ほどの小野寺からのメッセージ以外に、もう一つメッセージが増えていることに気付く。そしてそれはスタンプで、その送信主は――俺だった。
「なっ……!」
トークルームの一番下で、白塗りのキャラクターがキメ顔で親指を立てていた。
「さっき誤操作したのか……」
俺は思わず顔を手で覆う。今、俺の顔は湯上がりの時よりも熱を帯びていた。
力なく腕を下ろし、電源を落とした携帯がベッドの上に転がる。しかし、その直後に小野寺からメッセージが通知される。
『じゃあかけるね』
俺は腹を括って、そのメッセージに了承の旨を返信する。
そして十数秒後、携帯から初めて聞くメロディが流れる。これが着信があった時の音か……!
妙な感動を覚えながら、俺は画面をタップし通話に応じる。
「…………」
「…………」
……どうしよう。どうやって話始めたらいいんだ? 対面の時は顔が見えるし、無言でも隣にいるから違和感はない。でも、この状況での無言は心にくる……!
「ぁ、えっと、もしもし……」
おそらく小野寺も同じことを考えているはず。そう直感した俺は、喉から声を絞り出して先手を打つ。
「あ、もしもし……」
なんなんだ、この空気は……!
恥ずかしさだけじゃなくて、気まずさも押し寄せてくる。まるで、今日話すのが初めての相手みたいだ。
「……その、なんか不思議な感じだな」
「そうだね。いつも話してるはずなのに、私すごい緊張しちゃってる……」
耳元から聞こえてくる小野寺の声は、少し機械っぽいのにどこか安心できる響きだった。こそばゆいような感触が、耳だけでなく胸の内にも広がる。
「電話だからかな……間宮君の声がいつもより低く聞こえるの……」
「そ、そうなのか?」
「うん。だから、男の子なんだなって思って、それでドキドキしちゃって……」
………………まぁ、俺は男の子だからな。じゃなくて! そんなこと言われたら、俺も意識しちゃうだろ!
「じゃ、じゃあ少し声高めにして話そうか?」
「ふふっ、大丈夫だよ。……なんか今日の間宮君、いつもと違うみたい」
「いや! そんなことはないぞ! 多分!」
「あのスタンプも?」
「あれは……! ……その、手が滑ったというか、なんというか……」
「急に送られてきたから、びっくりしちゃった。でも、あのスタンプ可愛かったな……ふふっ、ふふふっ」
鈴を転がしたような笑い声が、聴覚を刺激する。耳が熱くなって、どこからが携帯なのか感覚が曖昧になっていた。
初めての通話に狼狽え続けた結果、肝心の選挙の話題になるまでに一時間ほど要したのだった。
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