#44 板挟みというのは中々辛い
「遅くなっちゃってごめんなさいね。それじゃあまたね」
日もほとんど落ちかけ、空の色も冷たくなり始めた頃、俺達は翔子さんに別れを告げた。
結局、俺達は今日の出来事を黙秘することに合意した。矢野に言わないのは大前提として、翔太と蓮には伝えておいた方がいい気がするのだが……
「ここにいないおしどり夫婦の子達にも、このことは内緒にするように」
そう言われてしまったのだから、下手に口外するのは憚られた。おそらく翔子さんは、何かしら矢野の動向を知る術を持っている。もしかすると俺達に接触する前――つまり最初から、俺と小野寺のことを知っていたんじゃないだろうか。
と考えると、俺達は初めから翔子さんの手のひらの上で踊らされていたということになる。あそこで反撃に出ていなかったら、終始あの人のペースだっただろう。
「間宮君、あんなこと言って大丈夫だったの?」
「心配いらないさ。翔子さんだって、娘の晴れ舞台は気になるはずだ」
俺の提案を聞き、驚いたような表情を浮かべた翔子さんを思い出す。
『当選者の発表日、学校に来てくれませんか? そこで、翔子さんの見たかったものが見られるはずです』
『――いいわよ』
正直俺は、矢野がその日に当選していなくてもいいと思っていた。俺が翔子さんに見せたいのは、矢野の周囲にいる人々、彼女を必要としてくれている人々の姿だ。そして、それは間違いなく矢野自身の功績――財産と言える。人づてではなく、自分の目で娘の”今”を見るべきなのだ。
もちろん、力になると宣言したのだから、当選する為に最大限の協力をする。それが礼儀ってものだし、翔子さんからの言いつけを守ることにも繋がる。
「翔子さんの話を聞いて一安心だけど、麗奈ちゃんには伝えられないんだもんね」
「あの親子の仲を取り持つ為には、俺達が黒子になるしかないってことか……」
今回の事情を把握しているのは俺達だけだ。面倒だが、親子の仲は良いに越したことはないし、ここはひと肌脱ぐとしよう。
「手伝ってもらうとはいえ、翔太と蓮は部活がある。それに当の矢野もバイトがあるから、働くのは主に俺達ってことになりそうだが大丈夫か?」
「うん! 私、すっごい張り切ってるんだから!」
矢野の昔話を聞いて、小野寺にも思うところがあったのだろう。小野寺の口振りは、いつになく力強い。
「ありがとう。……早速相談なんだが、演説会に向けて立候補の理由を考えないといけない。本来の理由を話したところで、受け入れてもらえるはずないからな」
「そうだね。嘘――はいけないから、麗奈ちゃんの中で何かきっかけになるものを見つけてもらわないと」
「その為の作戦を練りたいんだけど、次の土曜って空いてるか?」
「空いてるけど……」
なんだか気が進まなそうに見える小野寺。……冷静に考えてみると、これって選挙を口実に二人で会おうとしてるみたいじゃないか? おいおい待ってくれ、俺にそんな下心はない。そりゃあ、まぁ? たしかに休日に小野寺と会えたら嬉しいとは思うけど……。断じてそういう意図ではないと主張する。……今回はな。
「ごめん! 急に誘ったみたいになって嫌だったよな! 中庭で皆で話せる時に――」
「違うの……!」
誤解を恐れてか、俺は早口でまくしたててしまうが、それを小野寺の否定が遮る。
「……違うって?」
「私、別に誘われたのが嫌とかじゃないの。そうじゃなくて、土曜日だと遅いかなって思って。だって書類の締め切りが木曜日で、すぐ選挙運動が始まるから……」
言われてみれば、立候補の理由は演説会だけじゃなく、選挙運動中にも必要になる。ということは、公約などは早めに決めなければいけないのだ。
「じゃあ、やっぱり昼休みとかに――」
「だから!」
またしても、小野寺の声が俺の言葉を遮った。
「だから……その……今から間宮君の家に行っても、いい……?」
小野寺の代案は、俺の誘い以上に大胆なものだった。
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