#43 その思いは親のみぞ知る
「さぁ、遠慮せずに選んでね」
「ありがとうございます……」
どうやら魔王が選んだ決戦の地は、このファミレスらしい。
魔王と形容はしたが、今のところ矢野の母親が俺達に敵意を向けているということはない。メニューに目を落とし食事を選ぶ姿は、いたって冷静に映る。
対して俺は、メニューを眺めても料理が頭に入ってこなかった。俺は顔を上げ、ここで真意を問おうと決める。
「……単刀直入に聞きます。その、矢野さんは矢野のことを追ってきたんですか?」
「ちょっと、間宮君……!」
小野寺が慌てたような声を上げるが、撤回するつもりはなかった。早すぎたとしても、いずれは聞かなければいけないことだ。
だが、俺の決心とは裏腹に、矢野の母親は涼しい顔でこう言った。
「色々聞きたいこともあるでしょうけど、まずはその”矢野さん”って呼び方をどうにかしたいわね。今回の登場人物に、矢野が二人もいたら混乱しちゃうでしょ?」
「じゃあ、なんて呼べば――」
「気軽に翔子さんって呼んでくれたら嬉しいわ」
そう言って口の端を持ち上げた矢野の母親――翔子さんは、矢野の回想からは想像もできない親しみやすさがあった。
俺達が矢野の友達だと知るや否や、別人とも思えるほどに態度が軟化した。しかし、この姿が翔子さん本来の人柄だとすると、それは今の矢野にもしっかりと受け継がれている。その事実が、より二人が親子であることを物語っていた。
「どうしてここまでやって来たのか、教えてくれませんか?」
「まずは注文をしてから。話はそれからよ」
穏やかな口調でありながら、有無を言わさない迫力を孕んだ言葉。それだけで、この女性には敵わないことを悟る。翔子さんがその気になれば、きっと矢野を連れ戻すことなんて容易いのだろう。
いや、弱気になるな。中庭で決意しただろ、矢野を――俺達の友達を連れ戻させないって。
「分かりました……」
といっても、俺には家に帰れば飛鳥の作った夕飯が待っている。下手に食べてしまえば、後々後悔することになる。翔子さんには悪いが、ここは――
「「ドリンクバーでお願いします」」
その不甲斐ない注文が、小野寺の声と重なる。
それで俺はつい、小野寺の方に目を向けてしまう。目が合った小野寺は、ばつが悪そうに口を尖らせた。
「……だって、今食べたら夕飯食べれなくなっちゃうもん……」
「そ、そうだよな……」
翔子さんの手前、小野寺の言動に分かりやすく心を打たれたくはなかった(なんか恥ずかしいし)。
口元が緩んでいるような気がして、俺は思わず手の甲を口元に持っていった。
「あら、二人とも仲がいいのね」
なんて翔子さんは笑っていたが、俺の僅かばかりの抵抗はお見通しだったのかもしれない。
次に翔子さんが口を開いたのは、注文したチーズケーキが届いてからだった。
……チーズケーキとドリンクバーしか注文しないというのは、なんだか店に悪いような気がするな。まぁ、元々ファミレスに寄るつもりなんてなかったんだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが。
「最初に結論から言うわね。私に、麗奈を連れ戻すつもりはないわ」
「……!」
開口一番、俺達にとって願ってもない話が飛び出した。
それなら、矢野は見えない影に怯える必要もないし、生徒会選挙で無理に勝とうとする必要もない。一連の出来事に関しては、解決したも同然だった。
「――でも」
翔子さんの話はそれだけでは終わらなかった。
「このことは麗奈には伝えないでちょうだい」
「どうしてですか! 矢野はその為に生徒会に入ろうとして――」
「ねぇ、麗奈は自分が転校できたのは誰のおかげだって言ってたかしら?」
「えっと、じいやさんが色々してくれたって……」
小野寺の答えに、翔子さんはただ一言「そうよね」と呟いた。
「あれね、嘘なの。本当は、私が前の学校とも話をしたし、第二高校にも話を通したの。いくらじいやでも、そこまでの権限はないわ」
子どもっぽく微笑む翔子さんの表情が、矢野の笑みに重なる。
「私は、麗奈の転校を認めている。でも、あの子はそれを知らない」
「なんで教えてあげなかったんですか? 麗奈ちゃん、すごい辛そうにしてました……」
「もしかしたら、あなた達には分からないかもしれないけれど。私はね、娘の反抗期を喜んでいるのよ」
翔子さんの発言に、俺は呆気に取られる。この人は、矢野の抵抗を本気で楽しんでいるのだ。
「小さい頃から中々家族の時間を作ってあげられなくてね。……あの子が生まれたぐらいかしら、ちょうど仕事の方が軌道に乗り始めて――ううん、それは言い訳だわ。そうやって言い訳をして、あの子に親らしいことを何一つしてあげられてなかった……」
双方の言い分を聞くことで、孤独なお姫様の物語の全容が明らかになる。
翔子さんは、両親が育児に関与しないことで、矢野が健やかに育つのかを危惧していたらしい。普通に感情を育み、普通に誰かと友情を築いて、そして――
「あの子に反抗期が来るのか、私は不安だった。ない方がいい気もするけど、麗奈は優しい子だから、きっと私達に気を遣って言いたいことを押し殺していたはずだから。……だからあの日、麗奈が自分の意思をぶつけてくれた時は嬉しかったの」
あの日、というのは家を飛び出した時のことだろう。たしかにあの日、矢野麗奈は初めて親に自分の意思で立ち向かった。分かりやすく”家出”という形を取ってまで。
「だからね、あの子のすることや意思を尊重したいの。たとえ選挙で当選しなくても、あの子が自分の足で立って何かを成し遂げる姿が見たい」
その為なら、私は敵役になってもいい。翔子さんは最後にそう言って話を締めた。
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