#42 いきなりラスボス戦は聞いてない
役職を決定した矢野は、その日のうちに書類の提出を完了した。
これで、正式に今回の生徒会選挙に立候補したことになる。
そして放課後、バイトがあると大慌てで帰った矢野を見送り、俺は小野寺と二人で通学路を歩いていた。
「選挙なんて初めてだから緊張するな……。でも、麗奈ちゃんなら大丈夫だよね」
矢野の前での意気込んだ様子とは違い、小野寺が見せたのは不安げな表情だった。
それに気付かない振りをして、俺はいつも通りの返答を心がける。
「矢野も今では学校の有名人だ。色んな人が応援してくれると思うぞ」
「そうだね」
二人っきりの帰路だというのに、話題は矢野についてだ。むしろいないからこそ、本人には見せられない不安を打ち明ける場になっているのかもしれない。
「あの……」
突然背後から声をかけられ、俺達は少し警戒気味に振り向く。
声の段階でも思っていたが、そこにいたのはやはり俺の知らない人物だった。短く切り揃えられた黒髪と切れ長の目からは、気品と同時に気迫を感じる。
俺は小野寺に目配せをするが、小野寺の方も目の前の女性に心当たりはないようだ。
……道にでも迷ったのだろうか?
「その制服、第二高校のものですよね」
「はい、そうですけど……」
だが、女性の質問は道に関することではなく、俺達の身に着けている制服についてだった。その問いが、余計に女性の素性に靄をかける。
「実は、娘もそこに通っているそうなのですが……。あなた達は一年生ですか?」
随分と濁した言い方だな。母親なら、娘の通ってる高校くらい断言できると思うのだが。
そんな違和感を頭の片隅に残して、俺は小野寺に小声で話しかける。
「(なぁ、この人怪しくないか?)」
「(……ちょっと怪しいかも。娘さんが通ってる学校を知らないお母さんなんて、いないと思う)」
「(高校もバレたし、このまま学年もバレたらまずいよな……)」
「(うん、そうだね)」
作戦会議を経て、これ以上の情報提供は危険だと判断した。
ここで俺は、攻勢に転じるべく質問を返す。
「その……失礼ですが、どちら様ですか?」
たとえ相手が不審者でも、無礼を働くわけにはいかない。いや、不審者に対しての方が腰を低くするべきなんじゃないか? だって逆上とかされたら困るし。
そう尋ねると、女性はハッとしたように目を丸くする。その仕草に俺は既視感を覚えたが、それが正解だとすると今の状況はかなりまずいことになる。
「あら、私としたことが。名前も名乗らず申し訳ありません。私、矢野麗奈の母――矢野翔子と申します」
聞き間違えだと思いたかった。しかし、先ほどの既視感が、この女性が矢野の母親であることを裏づけていた。
想定していたよりもずっと早い対面に、俺は背中に嫌な汗が伝うのを感じた。
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