#40 友達だから
矢野の口から語られたのは、彼女の孤独な思い出。
その日家出をした矢野は、一人暮らしを始めたという。それに合わせて、元々通っていた高校から俺達の高校への進学準備を進めていたらしい。
突飛な時期の転入の裏には、そうした事情が隠されていたのだ。
「それにしても、よく親御さんが転校と一人暮らしを許してくれたな」
「それは、まぁ……じいやがちょちょっと……?」
じいや……あんた一体何者なんだ……。
しかし、庶民の俺に富豪の生活を浮かべる想像力はなかった。
矢野はアルバイトもして、自分で生計を立てようという意思がある。大学に進めば一人暮らしをするように、少し早めの親離れと考えることもできるが、矢野の両親は矢野を追及するつもりはないのだろうか。
「きっとお母様は、私を連れ戻しに来る。でも、私は戻る気なんてない。憧れの高校生活が目の前にあるのに、それを手放すなんてしたくないの」
言葉を切った矢野は、「だから」と強く呟くと再び口を開いた。
「生徒会に入って、この学校に必要な人間になりたいんだ」
元の学校に連れ戻されないよう、今の学校で地位のある役職に就く。それこそが、矢野が生徒会を目指す理由だった。
たしかに、生徒会の役員が突然家庭の都合で空席を作ってしまうというのは、学校としても避けたい事態のはずだ。となれば、たとえ矢野の母親がやって来たとしても、あっさりと引き渡しということにはならないはず。
「私はただ、友達と話したり遊んだりできたら、それでいいの。だからね、今すっごく楽しいんだ! ここにいる皆だけじゃなくて、他にもたくさんの友達が出来た。やっと、やっと独りじゃなくなったから……」
矢野にとってギャルは、友達と楽しそうに笑う青春の象徴なのだ。矢野が今の外見じゃなくても、その性格ならいくらでも友達が出来そうなものだが、彼女の中でギャルの格好というのは自分を奮い立たせてくれる勝負服のようなものなのだろう。
おそらく、お嬢様時代の矢野がうちのクラスに来ていたら、最初こそ人が集まるものの、距離を置かれるのは時間の問題だったはずだ。そしてその境遇は、小野寺が経験したものでもある。
「私は、麗奈ちゃんを応援するよ。麗奈ちゃんがこの学校に残れるように、私頑張るね」
矢野の話を聞いて、小野寺の声にも力が入る。両手で構えたガッツポーズは、小野寺の闘志の表れだ。
「渚ちゃん、ありがとう……!」
「こんな話を聞かされたら、ますます力を貸したくなってしまうね。――蓮もそうだろう?」
「う、うん……! 私、絶対に麗奈を生徒会に入れてみせるわ……。ぐすっ」
「ちょっと蓮ちゃん。嬉しいけどさ、泣くことはないじゃん?」
「ごべんね、でも、でもぉ……」
友情が形成した涙ぐましい空間を、俺は外から眺めていた。決して冷めていたとかではない。この空間こそが、すでに矢野が必要とされている証拠だと思ったのだ。
「間宮君も、手伝ってくれるんだよね?」
小野寺の問いかけに、その場の視線が俺に集中する。俺は大きく空気を吸い込み、表明をはっきりと言葉にした。
「当然だ。――俺達の友達を渡してたまるか」
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