#39.5 蝶よ花よと可愛がられて
久しぶりの別キャラ一人称です。
――昔あるところに、ひとりのお姫様がいました。お姫様は生まれた時から、それは大層大事に育てられてきました。ご飯を食べる時も、遊んでいる時も、眠っている時も、お姫様の近くには必ず誰かがいました。
でもそれは、お友達ではありません。それどころか、家族でもありませんでした。近くにいるのはお付きの――お姫様の家に仕える人達ばかりです。
「ねぇじいや、どうしてお母様とお父様は、私に会いに来てくれないの?」
「お嬢様……。旦那様と奥様は、お仕事がお忙しい為、時間を作るのが難しいのです。ですが、こうして私達をお嬢様の見守り係として配置し、健やかに育つことを祈っておられるのですよ」
じいやはそう言って目尻の皺を深めたけど、幼い私にとっては信じられる話ではなかった。――いや、きっと今でも、それを信じたくないと思っているのかもしれない。
「私ね、もっとお外で遊びたいの。だって、こんなにお庭が広いんだもん! 皆で遊んだら、きっと楽しいわ!」
「……そうですね。私共も、お嬢様に負けないようかけっこの訓練をしないといけません」
「ふふん、私から逃げられるかしら? これでも私、かけっこには自信があるの! 学校でも一番だったんだから!」
小学生の時、同級生は私から距離を取っていた。
『あの子は矢野さん家の娘さんだから』『怪我でもさせたら大変だから』『きっと住む世界が違うから』という言葉を理解できなくても、敬遠されているという事実だけははっきりと認識できる。
転機が訪れたのは、中学三年生。学校見学という名目で外を出歩いていた時のことだった。
「ねぇじいや! あの! あの女の子達は何かしら?!」
光を吸収するのではなく、反射してしまいそうなほどに眩い金の髪。日焼けを恐れない、大胆に露出した太腿。そして何よりも、表情――彼女たちが浮かべている満面の笑みに私は惹かれていた。
私はじいやの腕をぐいぐいと引っ張って、興奮気味に尋ねる。
「あれは……そうですね、女子高校生でしょうか。お嬢様も高校に入学されれば、いずれ――」
「そうなのね! 私、早く高校生になりたいわ!」
この時じいやは、”ギャル”という言葉は使わなかった。多分、私に悪影響だと判断したのだと思う。だから私は、高校に進学さえすればあんな風に輝けると勘違いしてしまった。
でも――
「ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう……」
私を取り巻く環境は、全く変わらなかった。それどころか、より似た人種が集まる場所に来てしまったことで、すでにレールの上だということに気付かされた。
もし私が道を外れたら、お母様とお父様はじいやを糾弾する。じいやにとっても、私に本当のことを伝えるのは危険な綱渡りだったはずだから、そのことに関してじいやを責めるのはお門違いだ。……当時の私は、そんな簡単なことも分からなくなっていた。
「じいや、なんで嘘をついたの? 高校生なれば変われるって、あの子達みたいに輝けるって……!」
「申し訳ありません、お嬢様」
「じゃあ教えて! あの子達はなんだったの? 私の高校に、あんな子は一人もいないわ……」
そして、私は初めて”ギャル”を知った。調べてみれば、写真や動画はたくさんあった。私はそれを使って、自分なりにギャルという存在を学んでいった。
「や、矢野さん……その格好は……?」
「え? うーんと、可愛いっしょ!」
これまで我慢していたからか、弾けた私は今までで一番輝いていたと思う。今の私が、本当の私だと胸を張って言えた。もしかしたら、ギャルだという自負が私に自信を与えてくれたのかもしれない。
けど、学校でこんなことをしていれば、その悪行はすぐに両親の耳に入ってしまう。
「麗奈、どういうつもり? そんなふざけた格好をして」
「ふざけてなんかないよ! 私は、あの子達に憧れて……」
「何を見たかは知りませんが、以降は矢野家の娘として相応しい格好をするように」
お母様にそう言われて、私は思わず家から飛び出した。
『矢野家の娘として』って何? ずっと私から離れてたくせに! 私は見守ってほしかったんじゃない。そうじゃなくて、ただ一緒に遊んだりしたかっただけなのに。
息が上がってきたところで、腰を下ろしてひと息つく。見渡すと、自分がまだ家の敷地内にいることに気付いた。
どれだけ逃げようとしても、私はここから出ることはできないのかもしれない。そう思うと、途端に心が黒に侵されそうだった。
「お嬢様……」
結局、私を見つけてくれたのはじいやだった。どうして両親が迎えにこないのか、と聞く気力も私にはもうなかった。
「……じいや、お願いがあるの。聞いてもらえる?」
そして私は、高校一年生の秋に家出をした。
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