#36 前にもこんなことがあったような
「じゃじゃーん! どうどう? 似合ってる?」
教室に到着すると、すでに登校していた矢野が駆け寄ってきた。
正真正銘初披露となる冬服姿に、クラスメイトの視線が集中している。
「うん。麗奈ちゃん、すごく似合ってるよ」
「そうだな。まるでうちの学校の生徒みたいだ」
「私はここの生徒だよ!?」
なんて下らないやり取りをしつつ、席に着く。
矢野が転校してきてまだ二週間程度だが、俺に向けられる憎悪はぴたりと止んでいた。これはおそらく、矢野が誰に対しても友好的に接しているおかげだ。
この転校生は、大して知りもしないクラスメイト(俺)だけじゃなく、自分にも笑顔を見せてくれる。”誰かの”ではなく、”皆の”矢野さんなのだから、特定の誰かを敵視する必要はないと判断が下されたのだろう。
「少し前から、急に寒くなってきたよね」
「たしかに! 夏服で外出たら、凍えるかと思ったもん!」
それなら、その短いスカートをどうにかしたらいいんじゃないか? という無粋な提案は、胸の内に留めることにした。
ギャルにはギャルなりに、服装には一家言があるのだろう。……オシャレは我慢という言葉もあるくらいだしな。
俺は、小野寺と矢野の会話に耳を傾けながら、教室を見渡す。
衣替えが始まり、いよいよ夏の気配は感じられなくなった。ワイシャツの白が占めていた教室の風景は、今ではブレザーの黒に覆われていた。
「さぁ! 席に着くんだ!」
その言葉と共に勢いよく扉が開かれ、教室に緊張が走る。
……だが、その号令にはどこか違和感があった。ゴリラの地を震わすような怒声ではなく、それよりも幼さを孕んだ、どこか聞き覚えのある声――
「一年B組の諸君! 初めましての者は初めまして! 文化祭以来の者は久しぶり! 僕だよ!」
教壇に立ち、その少しの高さをステージが如く闊歩する男――元・文化祭実行委員長、最上総一郎の姿がそこにはあった。
「さて、『あの文化祭実行委員長が、なぜここに?』と思っているだろうね。 もちろん説明するさ! 今日の僕は文化祭とはなんの関係もない! なぜなら僕は、生徒会の大使としてやって来たからね!」
最上先輩の発言に、教室は混乱に包まれる。
文化祭を通して慣れたつもりだったけど、やっぱこの人の圧ってすごいな……。
あの短期間で最上先輩に適応できたと思っていた、昔の自分を戒める。
「僕は生徒会には属していないが、この度生徒会選挙の広告塔に選ばれた! そう! つまり、盛り上げ隊長ってことさ!」
「はぁ……」
俺はつい、いつもの調子で声を漏らしてしまった。
本来なら教室の喧噪(主に最上先輩が原因)に溶けていくはずだったそれは、耳聡い壇上の人物に拾われてしまう。
「間宮君! 間宮君じゃないか!」
ぱっと顔を明るくして、俺に目線を定める最上先輩。
周囲の空気は、「またこいつの知り合いかよ」という呆れ混じりのものに変わっていた。
……いや、違うからな! 知り合いではあるし、お世話にはなったけど……。ここに最上先輩が来たのは、俺のせいじゃないぞ!
と、声を大にして反論することもできず、俺はむなしく背中を丸めることしかできなかった。
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