#28 距離の詰め方は人それぞれ
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「ということで、来ちゃいました!」
翌日の昼休み、矢野は中庭に現れた。
元々二人だった昼食の時間も、今では五人と大所帯になりつつある。
「矢野さん、だっけ? 私はD組の榊原蓮よ、よろしく」
「僕は同じクラスだけど、改めて――牧野翔太だ、よろしくね」
「二人が噂のおしどり夫婦だね!」
「ふ、夫婦?! たしかに付き合ってはいるけど、それはまだちょっと早いというか、心の準備ができてないというか……」
動揺した蓮が、壊れた機械のように口をパクパクさせる。
噂とはいえ、許婚におしどり夫婦、随分と勝手に設定を作ってくれるな。……いや、翔太と蓮に関してはあながち間違いというわけでもないか。
「おしどり、ってところは否定しないんだね」
矢野がそう言って悪戯っぽく微笑むと、蓮は立ち上がって彼女を追いかけ始める。
「もう! からかわないで!」
「あははっ、ごめんね」
初対面のはずなのに、あっという間に距離が縮まっていた。そういえば俺も、矢野と打ち解けるのにあまり時間はかからなかった気がする。ギャルの人心掌握、恐るべし。
「そして光君の許婚――渚ちゃん!」
蓮の手から逃れた矢野は、小野寺のもとへ駆け寄る。
矢野は小野寺の膝に手を乗せ、覗き込むようにして目を合わせる。
「こ、こんにちは。間宮君の許婚の小野寺渚です」
多少の緊張を感じさせる声色で、小野寺はとんでもない爆弾を投下した。
「ちょっ、小野寺! 何言ってるんだ?!」
「あれー? 私はデマだって聞いてたんだけどなー?」
にまにまと口の端を緩めて、矢野が俺に振り向く。
「デマに決まってるだろ! ……小野寺のは冗談だ」
「そうなの?」
「うん……冗談だよ」
突然の茶目っ気に踊らされ、俺は大きく息を吐く。
まさか小野寺が、こんな冗談を言うなんて。
「っていうか中庭に来て良かったのか? 色んな人に誘われてただろ」
「いいのいいの! 光君との約束が一番最初だったんだから」
転校生という鮮度の高いブランドを抜きにして、矢野は人の心を掴むのが上手かった。昨日は転校初日にして、すでにクラスメイトと打ち解けている。
そして今日、矢野のもとには昼食の誘いが大量に押し寄せていた。
『皆ありがと! 今日は行くとこがあるから、また今度ね!』
しかし矢野は、その誘いをこの一言だけで片づけてしまった。
それでも矢野自身の人当たりの良さから、誰一人として苦情を出すことはなかった。
「明日は来られるか分からないけどね。だから今日の間に、渚ちゃん蓮ちゃん翔太君、それから光君と話しておきたかったんだ!」
曇りのない表情で告げられた言葉が、心にすっと染み入る。矢野が多くの人に受け入れられるのは、こうして真っ直ぐに言葉を伝えられるからなのだろう。
「や、矢野さん!」
そう強く名前を呼んだのは、小野寺だった。
「どうしたの?」
「私達、今度テストに向けて勉強会をするの。……だから、矢野さんもどうかな?」
視線が彷徨うのは、断られるのが怖いからだ。でも、心配はいらない。短い付き合いにも関わらず、俺にはそんな確信があった。
「嬉しいよ! 私、まだこの学校の勉強よく分かってないからさ。教えてもらいたいな」
「わっ、矢野さん……」
急に抱きつかれ、小野寺はあたふたと手の行き場を探している。
「ねぇ渚ちゃん、麗奈って呼んでよ! 私達、もう友達でしょ?」
「う、うん。そうだね」
四人目の友達は、驚くほどの早さで距離を縮めてきた。
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