#27 人の噂は、あと何日?
「すまない小野寺。今日は一緒に帰れなそうだ」
「先生に頼まれたことだから仕方ないよ」
小野寺はそう言いながらも、少し寂しげな表情を見せる。
「多分、一日で済むから。……また明日な」
「うん。じゃあね」
そうして小野寺に別れを告げ、俺は矢野に話しかけた。
「そろそろ行くか」
「よろしくね!」
学校案内といっても、矢野はすでに文化祭で大方訪れたらしく、説明をすることはほとんどなかった。矢野が確認することに俺が答える、案内というよりも復習という感じだ。
メジャーな施設を回り、手持無沙汰になったところで矢野がこう尋ねてきた。
「ねぇ、光君って小野寺さんと付き合ってるの?」
「は、はぁ?! つ、付き合ってるわけないだろ!」
「その反応だと、まるで付き合ってるみたいだけど?」
「なっ……!」
俺の反応を見てか、矢野は押し殺したように笑う。その様子は、悪戯が成功した子どものようだった。
「……からかわないでくれ」
「ごめんね。二人は許婚だって話も聞いたし、なんか仲良さそうじゃん?」
矢野にも、もうその噂が届いていたのか。
この学校の吹聴力は、一体どうなってるんだ。
「その噂はデマだ。……仲が良く見えるなら、それについては否定しないが」
「何その濁した感じ! いいなー、妬けちゃうなー」
言われてみれば、矢野は今日転校してきたばかり。せっかく隣の席になった小野寺が、他の人と仲良くしていたら羨ましく思うのも無理ないか。
「それなら、明日の昼休み中庭に来ないか? 皆で昼食を食べてるんだ」
「あー、あの時の。いいね! 行く行く!」
このフットワークの軽さは、さすがはギャルといったところだな。小野寺にもう一人友達が出来ると思うと、今から楽しみだ。
「――じゃなくて! 光君と仲良さそうで羨ましいって話! ……中庭にも行きたいけど」
両手を上下に振りながら、矢野は抗議の声を上げる。尖らせた口元から、ぼそぼそと呟きが漏れていた。
「俺は、その……矢野のこと、友達だと思ってるぞ」
改めて口にすると、思ったよりも恥ずかしいな。
小野寺に好意を持っている以上、矢野に気持ちが傾くことはない。だから、面倒な前置きは必要なかった。
「本当に? ……良かったー!」
ぱっと笑顔を咲かせた後、矢野は安心したのか大きく胸を撫で下ろす。
……あの距離感で、そんなに不安だったのか?
昔の俺だったら、間違いなく勘違いしてフラれてたところだ。
俺の思考は、スマホのバイブ音に上書きされた。
「やば、もうこんな時間じゃん! バイト遅刻しちゃう!」
矢野は慌てた様子で、階段へと駆けていく。
「今日はありがと! また明日ね!」
あの時の『またね』が、まさか実現するとは思っていなかった。だけどこれからは、こうして顔を合わせることになる。
小野寺と出会って、俺を取り巻く環境がどんどんと変わっている気がする。その変化を、俺は不思議と楽しんでいた。
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