#26 嵐は再びやってくる
テストまで残り二週間を切ったこの日、俺の高校生活に新たな風が吹いた。
「お前達! 分かっているとは思うが、中間テストまでの時間は残り少ない。そんな時になんだが、一つニュースがある」
ゴリラが勿体ぶった言い回しをするなんて、珍しいな。明日は雨でも降るのか?
「今日、このクラスに転校生が来る」
その発言に、クラスはざわざわと音を立て始める。
男子か? 女子か? イケメンか? 美人か? 様々な憶測が飛び交う教室をゴリラの一喝が制する。
「静かに! ――入りなさい」
ゴリラは、廊下で待機している転校生に目配せをして、入室を促す。
俺としては、クラスにどんな人物が来ても関係ない。基本的には接点がなく、行事のタイミングで少し話す程度なら、多少性格に難があっても気にならないだろうしな。強いて言うなら、小野寺を口説くようなイケメンじゃなければそれでいい。
そう他人事に考えていた俺は、教室に現れた転校生の容姿に目を見開いた。
「初めまして! 今日からこの学校に転校してきた、矢野麗奈です。皆、仲良くしてね」
二度と会うはずのなかったギャル――矢野麗奈が、俺のクラスに転校してきた。
……神様のいたずらにしたって、これはひどすぎる。
メイド姿はクラスメイトにも見られているから、この際黒歴史扱いはしない。問題なのは、矢野しか知らない”ひかるん”の方だ。小野寺の時のニナ好きよろしく、あの醜態を他の人に知られるわけにはいかない。
「あ!」
ぐるりと教室を見渡した矢野が、俺に目線を定める。
「光君じゃん! あはっ、まさか同じクラスになるなんてね」
変わらず天真爛漫な笑顔を浮かべる矢野は、今俺に刺さっている視線の鋭さには気付いていないだろう。
「(こいつ、矢野さんと知り合いなのかよ)」
「(それに聞いたか? もう下の名前で呼び合ってるみたいだぞ)」
「(あはって笑い方、可愛いな)」
「(小野寺さんの許婚じゃなかったの?)」
「(浮気なんて最低)」
たしかに矢野とは知り合いだけど、俺は下の名前で呼んでないからな? それに許婚じゃないし、浮気をしたつもりもない。……っていうか三番目のやつ、本音が漏れてるぞ。
俺は涼しい顔をしながら、心の中で一通り言い訳とツッコミを済ませる。
「なんだ、間宮と知り合いなのか。それなら学校案内は、間宮に任せたぞ」
「……え」
「それと、あそこが矢野の席だ」
ゴリラが指差したのは、俺の右後ろにぽつんと佇む一席。つまり矢野の席は、小野寺の隣ということになる。
「何かあったら、間宮を頼るように」
「はい!」
矢野の表情に輝きが増すにつれて、俺に向けられる黒い感情が強まっていく。
こんなことなら、小野寺に言い寄る男の方が、まだマシだったかもしれない。
◇
授業中、矢野は驚くほどに静かだった。ギャルという生き物に、騒がしいという偏見を持っていたわけじゃないが、それでも真面目に授業を聞いているのは意外に思えた。
「では、次回は章末問題からやっていきます」
チャイムが鳴り、昼休みがやってきた。
俺は後ろを振り返り、矢野に声をかける。
「学校案内のことなんだが、放課後とかでいいか?」
「あれ、本当にやってくれるの?」
「頼まれたんだし、やるしかないだろ」
「そっか、ありがとね」
はにかむ矢野に別れを告げて、俺は中庭へと向かった。
「さぁ光、白状しなさい」
中庭について早々、蓮に詰め寄られる。
すでに小野寺と翔太も合流していたが、どうやら二人は蓮についているらしい。
「白状というのは……?」
「あの転校生との関係よ!」
人差し指を眼前に突きつけられ、俺は思わず後ずさる。
「光も隅に置けないね。まさかあんな美少女と縁があったなんて」
翔太がそう言うと、小野寺はこくこくと首を縦に振る。
「こら、茶化さないの」
「ごめんごめん。でも本当にびっくりしたよ。どこで知り合ったんだい?」
俺は文化祭であったナンパのこと、それを助けるために体を張ったことを話した。
「ナンパね……」
「なんか文句でもあるのか?」
訝しむような蓮の視線に、俺は不服を唱える。
「いや、ナンパに遭遇しすぎって思っただけよ」
「……俺もそう思う」
この先また遭遇するようなことがあったら、どんな醜態を晒してしまうのか恐ろしくてしょうがない。
「不思議な縁で再会することになったけど、ただの友達ってことなんだね?」
「……友達以外に何があるんだよ。なんなら友達かすら怪しいまであるぞ」
すると、中庭に元気な声が降り注ぐ。
「おーい、光君!」
声の方を見ると、渡り廊下の窓から矢野が身を乗り出していた。勢いよく手を振る矢野に、俺は恥ずかしさを覚えながら手を振り返す。
「これで友達じゃないっていうのは、無理な話だね」
背後から聞こえた呟きは、呆れたような物言いだった。
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