表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/123

#24 文化祭二日目⑥

 小野寺と別れ、見回りを続けていると、言い争う声が聞こえてくる。


 声のする方向にいたのは、シャツを第三ボタンまで開け、小麦色の肌を見せびらかす二人組の男。そして、彼らに強引に迫られている矢野だった。


「ちょっと離してよ!」


「ねぇ、せっかくだから俺達と回ろうよ」


「君、一人なんでしょ?」


 踊り場の一角で、ナンパが行われていた。

 俺は壁に身を隠し、今の状況を整理する。


 男達は、この学校の生徒ではないし、矢野の知り合いでもないようだ。文化祭でワンチャン賭けに来た陽キャってところか。


 よりによって被害に遭っているのが、知らない相手ではなかった。この場面に遭遇して、何もせずに踵を返せるはずがない。


「俺達、タピオカ飲みたいんだよねー。奢ってあげるよ?」


 いかにも女子受けを狙ってそうな、見え透いた嘘だな。タピオカが飲みたいなら、俺が売ってあげるぞ?


 ――そうだ、これ使えるんじゃないか?

 その閃きを実現する為、喉の調子を整える。


「私は別に――」


「麗奈、お待たせ〜。あらやだ、また男捕まえてきたの? 二人とも上物じゃな〜い」


「……え? 光君?」


 矢野が驚くのも無理はない。いきなり女口調になった俺が、裏声で乱入してきたのだから。


「もう! 光君じゃなくて、ひかるんって呼んでっていつも言ってるでしょ? それで、どっちを私にくれるの?」


「えーっと、私はどっちもいらないけど……」


「本当? それなら私が二人とも頂いちゃおうかしら。そうそう、ちょうど私のクラスでタピオカを売っててね。良かったら、これサービスよ」


 俺は保冷バッグからアイスティーとミルクティーを取り出し、それぞれ男に手渡す。


「どうも……」


 さすがに男達も平常心ではいられなかったようだ。

 そろそろダメ押しだな。


「私の愛情が詰まってるから、たくさん味わってね♡」


 俺は、最大限に媚びたウィンクを決める。


「……おい、どうすんだよこいつ。このままだと、俺達が食われちまうぞ」


「ちっ、行くぞ!」


 顔色を悪くした男達は、タピオカを片手にその場から退散した。


「……ふぅ。後でクラスの会計箱に、金入れとかないとな」


 作戦とはいえ、商品が二つ売れたのはラッキーだ。売れたというか、俺の自腹なんだけどな。


 隣で様子を窺っていた矢野が、おずおずと声をかけてくる。

 

「えっと、ひかるん……?」


「……頼むからやめてくれ」


「でも、さっきひかるんって呼んでって言ってなかった?」


「あれは冗談……というか嘘だ」


 ナンパに出くわすのは百歩譲っていいとして、もう少し身を削らない解決法はないものか。

 と言っても、腕っぷしに自信があるわけじゃないし、俺に取れる方法はこれくらいなのだが。


「ありがとう、助かったよ!」


 矢野はパッと俺の手を取ると、上下に勢いよく振る。興奮しているのが、聞かなくても伝わってきた。


「わ、分かったから。離してくれ」


「あ、ごめん。けど、本当に助かったよ! あのままだったら私、絶対連れていかれてたもん」


 矢野は体を抱き締め、嫌悪感をポーズで示す。


 たしかに、あそこまで追い詰められてしまっては逃げ場がなかっただろう。


「ともかく無事で良かったよ。俺は見回りがあるから、これで――」


 立ち去ろうとしたところで、矢野に手を取られる。


「その見回り、ついていっていい?」


「ダメってことはないが……」


「なら決まり! ナンパが来たら、また格好良く追い払ってね」


 ……別に格好良くはなかっただろ。

 

 とはいえ、さっきみたいなことがまた起きても困る。抑止力という意味でも、一緒に回った方が安全かもしれない。


 人懐っこい笑みを浮かべる矢野を見て、俺はそんなことを考えていた。



「あー楽しかった! 光君、ありがとね」


 時刻は夕方に差しかかり、一般の来場者は帰路につき始めていた。

 矢野もその一人で、俺は昇降口まで彼女を見送りに来ていた。


「見回りについてくるだけで、本当に楽しかったのか?」


「もちろん! だって見回りっていっても、普通に文化祭回ってるだけだったし」


「見回りの出番がないのが一番だ。……あんなナンパが何回もあったら、それの方が問題だろ」


 あれ以降目立った事件もなく、文化祭は無事に閉会を迎えることができた。

 ひとまず、スローガンである『最高の文化祭で、最高の楽しいを!』は実現できたんじゃないだろうか。


 昇降口に来てみて分かった。文化祭を訪れた人は皆、”最高の楽しい”を持って帰っている。表情を見て、そう確信することができた。


「ねぇねぇ! 一緒に写真撮ろうよ!」


 矢野は俺の腕を掴み、無理矢理画角に収めようとする。

 そして、慌てた様子の俺とキメ顔でピースをする矢野の、歪なツーショットが出来上がった。


「あはっ、光君ってば面白い顔!」


「面白い顔で悪かったな」


「この写真、大事にするよ。それじゃあ、またね!」


 トタトタとローファーの音を立て、矢野は夕焼けのオレンジに溶け込んでいく。校門まで手を振り続けていた姿が、昇降口からも見えていた。


「嵐みたいな奴だったな」

 

 一人残された昇降口で、呟きが漏れる。

 

 矢野は最後に『またね』と言っていたが、他校の生徒と会う機会なんて、そうないだろう。


「さて、残るは閉会式だ」


 中々ハードな一日ではあったが、不思議と疲労感よりも楽しさが勝っていた。

 実行委員である俺も、”最高の楽しいを”感じることができたようだ。


 俺はエプロンの紐を締め直し、着替えの為教室に戻った。

お読みいただき、ありがとうがとうございます。

面白い、続きを読みたいと思ったら、☆評価や感想などを頂けると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ