#24 文化祭二日目⑥
小野寺と別れ、見回りを続けていると、言い争う声が聞こえてくる。
声のする方向にいたのは、シャツを第三ボタンまで開け、小麦色の肌を見せびらかす二人組の男。そして、彼らに強引に迫られている矢野だった。
「ちょっと離してよ!」
「ねぇ、せっかくだから俺達と回ろうよ」
「君、一人なんでしょ?」
踊り場の一角で、ナンパが行われていた。
俺は壁に身を隠し、今の状況を整理する。
男達は、この学校の生徒ではないし、矢野の知り合いでもないようだ。文化祭でワンチャン賭けに来た陽キャってところか。
よりによって被害に遭っているのが、知らない相手ではなかった。この場面に遭遇して、何もせずに踵を返せるはずがない。
「俺達、タピオカ飲みたいんだよねー。奢ってあげるよ?」
いかにも女子受けを狙ってそうな、見え透いた嘘だな。タピオカが飲みたいなら、俺が売ってあげるぞ?
――そうだ、これ使えるんじゃないか?
その閃きを実現する為、喉の調子を整える。
「私は別に――」
「麗奈、お待たせ〜。あらやだ、また男捕まえてきたの? 二人とも上物じゃな〜い」
「……え? 光君?」
矢野が驚くのも無理はない。いきなり女口調になった俺が、裏声で乱入してきたのだから。
「もう! 光君じゃなくて、ひかるんって呼んでっていつも言ってるでしょ? それで、どっちを私にくれるの?」
「えーっと、私はどっちもいらないけど……」
「本当? それなら私が二人とも頂いちゃおうかしら。そうそう、ちょうど私のクラスでタピオカを売っててね。良かったら、これサービスよ」
俺は保冷バッグからアイスティーとミルクティーを取り出し、それぞれ男に手渡す。
「どうも……」
さすがに男達も平常心ではいられなかったようだ。
そろそろダメ押しだな。
「私の愛情が詰まってるから、たくさん味わってね♡」
俺は、最大限に媚びたウィンクを決める。
「……おい、どうすんだよこいつ。このままだと、俺達が食われちまうぞ」
「ちっ、行くぞ!」
顔色を悪くした男達は、タピオカを片手にその場から退散した。
「……ふぅ。後でクラスの会計箱に、金入れとかないとな」
作戦とはいえ、商品が二つ売れたのはラッキーだ。売れたというか、俺の自腹なんだけどな。
隣で様子を窺っていた矢野が、おずおずと声をかけてくる。
「えっと、ひかるん……?」
「……頼むからやめてくれ」
「でも、さっきひかるんって呼んでって言ってなかった?」
「あれは冗談……というか嘘だ」
ナンパに出くわすのは百歩譲っていいとして、もう少し身を削らない解決法はないものか。
と言っても、腕っぷしに自信があるわけじゃないし、俺に取れる方法はこれくらいなのだが。
「ありがとう、助かったよ!」
矢野はパッと俺の手を取ると、上下に勢いよく振る。興奮しているのが、聞かなくても伝わってきた。
「わ、分かったから。離してくれ」
「あ、ごめん。けど、本当に助かったよ! あのままだったら私、絶対連れていかれてたもん」
矢野は体を抱き締め、嫌悪感をポーズで示す。
たしかに、あそこまで追い詰められてしまっては逃げ場がなかっただろう。
「ともかく無事で良かったよ。俺は見回りがあるから、これで――」
立ち去ろうとしたところで、矢野に手を取られる。
「その見回り、ついていっていい?」
「ダメってことはないが……」
「なら決まり! ナンパが来たら、また格好良く追い払ってね」
……別に格好良くはなかっただろ。
とはいえ、さっきみたいなことがまた起きても困る。抑止力という意味でも、一緒に回った方が安全かもしれない。
人懐っこい笑みを浮かべる矢野を見て、俺はそんなことを考えていた。
◇
「あー楽しかった! 光君、ありがとね」
時刻は夕方に差しかかり、一般の来場者は帰路につき始めていた。
矢野もその一人で、俺は昇降口まで彼女を見送りに来ていた。
「見回りについてくるだけで、本当に楽しかったのか?」
「もちろん! だって見回りっていっても、普通に文化祭回ってるだけだったし」
「見回りの出番がないのが一番だ。……あんなナンパが何回もあったら、それの方が問題だろ」
あれ以降目立った事件もなく、文化祭は無事に閉会を迎えることができた。
ひとまず、スローガンである『最高の文化祭で、最高の楽しいを!』は実現できたんじゃないだろうか。
昇降口に来てみて分かった。文化祭を訪れた人は皆、”最高の楽しい”を持って帰っている。表情を見て、そう確信することができた。
「ねぇねぇ! 一緒に写真撮ろうよ!」
矢野は俺の腕を掴み、無理矢理画角に収めようとする。
そして、慌てた様子の俺とキメ顔でピースをする矢野の、歪なツーショットが出来上がった。
「あはっ、光君ってば面白い顔!」
「面白い顔で悪かったな」
「この写真、大事にするよ。それじゃあ、またね!」
トタトタとローファーの音を立て、矢野は夕焼けのオレンジに溶け込んでいく。校門まで手を振り続けていた姿が、昇降口からも見えていた。
「嵐みたいな奴だったな」
一人残された昇降口で、呟きが漏れる。
矢野は最後に『またね』と言っていたが、他校の生徒と会う機会なんて、そうないだろう。
「さて、残るは閉会式だ」
中々ハードな一日ではあったが、不思議と疲労感よりも楽しさが勝っていた。
実行委員である俺も、”最高の楽しいを”感じることができたようだ。
俺はエプロンの紐を締め直し、着替えの為教室に戻った。
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