#23 文化祭二日目⑤
客足が戻る前に、二回目の見回りの時間がやってきた。
「一年B組、メイド喫茶でタピオカ売ってます。いかがですかー。移動販売もやってまーす」
メイド服での見回りも、段々と慣れてきてしまっているのが恐ろしい。
新たに追加された、移動販売用の保冷バッグを肩から下げ、廊下を歩く。
思っていたよりも売れ行きが伸びなかったようで、教室を訪れなくても買える施策を試しているのだ。
「タピオカミルクティー、一つください」
「三百円です」
こんな感じで、たまたま喉が渇いた人に出会えると買っていってもらえる。
残る商品は、アイスティーとミルクティーが二つずつか。
すると、二人組の女性から声をかけられる。
「あの、写真撮ってもらってもいいですか?」
「いいですよ」
スマホを受け取ろうと手を差し出すが、女性は首を傾げている。
「写真、撮らないんですか?」
「メイドさんも一緒に、ですよ」
……え?
「俺もですか?」
「はい。だってメイド服着てる男の子なんて珍しいじゃないですか」
言われてみればそうだ。正直、俺自身もこんな格好をすることになるとは思っていなかったが……。
「……分かりました」
そう答えると、二人は俺を挟むように陣取った。
「それじゃあ撮りますよ。はい、チーズ」
シャッターを切られる直前、視界の端から強烈な殺気を感じる。
「……!」
「メイドさん緊張してるんですか? 顔、怖いですよ」
「す、すみません……」
俺は無理に口の端を上げて、早急に撮影を済ませる。
そして、先ほど感じた殺気の正体――その背中を追った。
「待ってくれ、小野寺!」
俺が呼び止めると、小野寺はぎこちなく振り返る。
「……どうしたの?」
「いや、その……さっき写真撮ってた時、こっち見てなかったか?」
「ううん。女の人に挟まれて嬉しそうにしてた間宮君のことなんて、私見てないよ?」
――がっつり見てるじゃないか!
そうツッコミたい衝動を抑えて、冷静に振舞うよう努める。
「そ、そうか。なら、いいんだ」
「間宮君だって男の子だもん。ああいう綺麗な人に近付かれたら、ドキドキしちゃうよね」
肯定するような言葉とは裏腹に、瞳には徐々に陰が差し始めている。
見ていたことを、もう隠すつもりはないらしい。
「べ、別に嬉しかったわけじゃないぞ? ……そりゃ、たしかにドキドキはしたけども。でも、俺は小野寺といる時の方がドキドキしてる」
言い訳なのか誤解されたくなかったのか、つい本心まで口走ってしまった。
「それ、本当……?」
揺らめく双眸で俺を見つめ、小野寺は俺に真意を問いかける。
「あぁ、本当だよ」
俺は迷わず、答えを口にする。
こうして話をしている今も、鼓動は高鳴っていた。
「私も今、すごいドキドキしてるから、一緒だね……」
顔を赤く染めながら見つめ合う男女。その片割れ――男の方はメイド服を着ている。側から見れば、異質な光景だった。
「今日、一緒に――」
俺の声を遮るように、電子音が鳴り響く。
音の発生源は、小野寺のスマホだった。
「あ、交代の時間だ」
「えーっと……まだ教室に飛鳥がいると思うから、話してあげてくれ」
「うん。……そうだ間宮君、さっき何か言おうとしてなかった?」
勢いで言えることも、改めて聞かれると言いづらいものだ。
「その、良かったらなんだが……今日一緒に帰らないか?」
小野寺は不思議そうに目をぱちくりさせた後、「いいよ」と頷いた。
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