#22 文化祭二日目④
二日目はもう少し続きます。
「光君、ありがとねー。あ、言い忘れてたけど、そのメイド服すっごく似合ってるよ」
別れる間際、矢野はそう言い残してお化け屋敷へと向かった。
今日は人も多いし、知らない学校ともなると道に迷いやすいものなんだな。改めて、二日目の見回りの重要さを理解する。
「戻ったぞ――って飛鳥?」
教室では、飛鳥がクラスメイトに囲まれていた。
どうやら今の時間は客足が遠のいているらしく、暇を持て余した人が飛鳥の話し相手になっていたようだ。
……しまった。つい名前を呼んでしまったが、今の俺はメイドだ。この姿を見られたら、兄としての尊厳が……!
しかし、こちらに顔を向けようとしている飛鳥を、もう止めることはできない。
「兄さん、やっと戻って――」
俺の姿を見た飛鳥は、口を開けたまま呆然としてしまう。
「兄さんが……姉さんに……」
「いや、違うからな!」
動揺しながらも受け入れようとしている飛鳥に、思わず突っ込んだ。
「じゃあ、どうしてメイド服を着てるんですか?」
「本当は裏方の予定だったけど、色々あって手伝うことになったんだよ」
「ふーん……。趣味、じゃないですよね」
「そんなわけあるか!」
思わぬ形で兄妹の邂逅を果たしてしまった。
そんな俺達のやり取りを、周りは温かく見守っていた。
「飛鳥ちゃん、本当にいい子ね」
「うんうん、私もこんな妹が欲しかったな」
すでにクラスメイト達は、飛鳥の魅力にやられた後らしい。
口々に妹を褒められ、俺も兄として鼻が高かった。
「いつも兄がお世話になっております」
飛鳥が頭を下げると、それだけで黄色い歓声が上がる。
やはり、飛鳥の可愛さは血縁者だけに留まらないのだと確信した。
「私達は全然。それよりも、小野寺さんにご挨拶してきたら?」
「そうだよ。お兄さん、小野寺さんの許婚なんでしょ?」
「あ、でも小野寺さん見回りに行っちゃったんだった」
そういえば、最初の見回り時間は連続していたんだったな。
……って呑気なこと考えてる場合か!
「許婚……」
飛鳥は怪訝な表情を悟られないよう、俺に視線を向けてくる。その視線からは、「どういうことですか?」という詰問の色が滲み出ていた。
「あ、えーっと、それは……」
どう説明したものかと逡巡している間に、飛鳥はけろりと顔色を変えてクラスメイトの方へ向き直す。
「小野寺さんには、後ほど挨拶させてもらいますね」
今夜、俺は飛鳥に尋問されることが決定した。
自分の運命を悟った俺に、控え室から顔を出した翔太が声をかけてきた。
「そうだ光、せっかくだから飛鳥ちゃんをもてなしてあげたら?」
「いいんですか?」
「俺はメイドだし、飛鳥はお客さんだ。だから俺に拒否権はない」
目を輝かせた飛鳥は、席に着くと期待に満ちた面持ちでメニューを眺め始めた。
俺は一度呼吸を整え、飛鳥のもとへと足を進める。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
俺は今朝の指導通り、手を前で合わせゆっくりと一礼する。
「兄さん、あれやってください」
「あれって?」
「スカートの端を持ち上げるあれです」
前に小野寺がやってたやつか。
俺は記憶を頼りに、スカートの裾を摘まんで持ち上げてみせる。
「うーん……。それだと、パンツ見せてもらうみたいで嫌ですね」
「じゃあどうしろっていうんだ」
飛鳥は「仕方ないですね」と呟き、立ち上がる。
そして、制服のスカートを指で軽く持ち上げながら、膝を軽く曲げた。その姿に、思い出の中の小野寺がぴったりと重なった。
「おー、飛鳥ちゃんすごいね」
「うんうん、ちゃんと様になってるよ」
自分に向けられた拍手の音に、飛鳥は動揺を隠せていない。
「ほ、ほら! 次は兄さんの番ですよ!」
そそくさと席に座ると、赤い顔でそう催促してきた。
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