#20 文化祭二日目②
なぜか用意されていたウィッグと件のメイド服を身につけ、俺は間宮光改め――間宮光子として第二の生を受けた。
「光、中々似合っているじゃないか」
「それは褒めてるのか?」
「もちろんだよ」
翔太はそう言うが、その口元は僅かに震えている。
「光子って呼んだ方がいいかな?」
「勘弁してくれ」
そんなことされたら、女装趣味だと噂を流されかねない。同じ誤解なら、許婚の方が全然マシだ。
……それにしても、スカートってこんなにも落ち着かないものなのか?
(たまたまあったという俺サイズの)ストッキングを履いているから素足を出さずに済んでいるが、太腿をなぞるように風が抜けていく感覚にまだ慣れない。どうしてもソワソワしてしまって足踏みしてしまうのだが、それが余計に風の通りを良くしてしまっている。
その様子を見兼ねたのか、小野寺が小声で尋ねてきた。
「(間宮君、もしかしてトイレ行きたいの?)」
「いや、違う。スカートってどうも落ち着かなくて、足を動かしたくなるんだよ」
「それなら、いいアイデアがあるよ。体操服、持ってる?」
小野寺の案は、スカートの下に半ズボンを履くというもの。聞いた時は、それだけで何か変わるとは思えなかった。しかし――
「すげぇ! 別物みたいだ!」
動きに合わせてなびくスカートと違い、全体を覆うズボンの形状が驚くほどに安心感をもたらしてくれる。肌に近い部分にズボンがあることで、いつも体育で履いている感覚と変わらないのだ。それでいて、外見上はスカートだけを履いているように見えるので、安心して接客することができる。
「小野寺、ありがとう!」
俺は感動のあまり、思わず小野寺の手を握る。
「ま、間宮君……その……」
ちらりと横に視線を向け、小野寺は耳を赤く染める。両の手のひらに伝わってくる、戸惑うような指の動きに緊張が高まった。
恥ずかしがらないという約束は、昨日までのことだ。けど、ここで引けばまた振り出しに戻ってしまうような気がした。
「……お熱いのは構わないんだけど、僕がいること忘れてないかな?」
翔太は眉を八の字に下げ、気まずそうに頬を掻いた。
「いや! そういうわけじゃないんだ!」
本当は忘れていたけど……。
「ふぅ……」
止めた呼吸を再開するように、小野寺は胸を撫で下ろす。
「光のスカート問題も解消されたことだし、これで準備は完了だ。あとはお客さんを待つだけだね」
「着替えはしたけど、俺開場後すぐ見回りが入ってるんだよな。……本当にこの格好で宣伝するのか?」
「当たり前だろ? あ、これ持って行くのを忘れないでね」
白い本体に、”一年B組 タピオカメイド喫茶”と青い文字で書かれたプラカードを胸の前に押しつけられる。
「間宮君、頑張ってね」
かつて、『頑張って』という声かけがここまで正しく使われたことがあっただろうか。
「そういえば、小野寺は制服で見回りしてたよな? 俺より小野寺の方が広告塔に持ってこいじゃないか?」
俺がそう言うと、翔太はこれ見よがしにため息をついた。
「持ってこいすぎるからダメなんだよ。万が一にでも、小野寺さんがナンパされたら大変だろう?」
「たしかに……」
俺は、小野寺との最初の接点がナンパ現場だったことを思い出す。
次ああいうことが起きた時、俺は同じように行動できるだろうか。
……いや、俺は迷わない。好きな相手の為なら、必ず足を動かして見せる。
そう一人で誓いを立て、俺はプラカードを手に教室を後にした。
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