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#17 文化祭一日目④

 表に出してはいけない羞恥を乗り越えて、俺達が次に向かったのは”一年D組 恐怖の館”。


「こ、ここに蓮ちゃんがいるんだよね……」


 待機列の最後尾で、小野寺は青ざめた顔をして呟いた。

 クリーム色の床に外からの光が反射する柔らかな廊下は、一面黒塗りの物恐ろしい空間に変貌していた。辺りには血飛沫を模した血糊も散りばめられていて、これぞお化け屋敷という風体になっている。


「こんなのよく作ったな。……なぁ小野寺、怖いならやめとくか?」


 列が前進するにつれて、小野寺の顔からは生気が失われているようだった。

 赤面を禁止したからって、何も青や白になる必要はない。


「ううん、だ、大丈夫だよ……。だって、必ず行くって蓮ちゃんと約束したから」


「なら、行くしかないな」


「う、うん……!」


 その”行く”が”逝く”にならないよう、俺も気を引き締めた方が良さそうだ。


「きゃーっ!!」


 喉を引き絞り、細い悲鳴を上げているのは――俺だ。


 ちょっと待て、聞いてないぞ! 文化祭のお化け屋敷ってこんなに怖いものなのか? 次から次へと幽霊が出てくるし、なんなんだよあのピトッてするやつ!


 ――ピトッ


 そうそうこんな感じの不気味な感触の…………


「きゃーっ!!」


「間宮君、落ち着いて。それこんにゃくだから」


「へ? こんにゃく?」


「ほら、よく見て」


 小野寺が示す方向に目を凝らし、正体を探る。

 暗くてよく見えないが、宙吊りになった長方形の物体がゆらゆらと漂っていることは確認できた。


 これが……こんにゃく?

 恐怖で気が動転したのか、思考が全く整理できていないことだけは分かる。しかし、タネさえ割れてしまえば、所詮は子ども騙し。蓮のクラスには悪いが、あとは平常心で乗り切らせてもらう。


「よし、さっさと出口まで行こうぜ」


「そうだね」


 先ほどまでの頼りない姿は影を潜め、しゃんと背筋を伸ばして小野寺の隣を歩く。


「それにしても意外だったな。間宮君が怖いの苦手だったなんて」


「苦手ってわけじゃ……。っていうか、小野寺の方こそ入る前より平気そうじゃないか?」


「うん。怖がってる間宮君見てたら、なんだか平気になっちゃたみたい」


 その口振りから、小野寺自身も驚いている様子だった。

 自分より怖がっている人を見ると、恐怖心よりも庇護欲が勝るというのは本当だったらしい。


 しばらく仕掛けも特になく、静けさが場を支配し始めた頃のことだった。

 大道具の裏から、囁くような声が聞こえてきた。


「おい、あれじゃねぇか? 例の小野寺さんとその許婚ってやつは」


「だな。しかもあの男ときたら、こんにゃくできゃーきゃー言ってて情けないんだよ」


 ……中々手厳しい連中だ。たしかに、男女でお化け屋敷に入って男の方が悲鳴を上げているのは珍しいかもしれない。


「まじかよ。そんな体たらくで小野寺さんの隣に立つとか、おこがましいにも程があるな」


 実際、いざとなった時に小野寺を守れる気はしなかった。現状彼女の方が俺よりも逞しい。今小野寺に口説かれたら、俺は間違いなく身体を差し出すだろう。吊り橋効果ってすごい。


「それなら、俺達がきっちりとお灸を据えてやらないとな」


 その言葉と共に、脇の茂みがごそごそと音を立てる。


「ひぃっ!」


 ここで、小野寺が初めて小さく鳴いた。……いや、俺が自分のことで精一杯だったこともあって、これが初めてという確証はないのだが。

 今回俺は、状況を飲み込めていたので驚くことはなかった。


「このまま一気に飛び出して、男を追い出すぞ」


「そこで俺が華麗に小野寺さんを助けて、騎士に名乗りを上げるわけだな」


「馬鹿! 俺だって騎士になりたいに決まってるだろ。お前が先に行って驚かしてこい」


「いーや、俺が騎士だ。お前が先に行け!」


 言い合いが徐々に激しさを増し、それに合わせて茂みの揺れが大きくなっていく。


「ま、間宮君……あそこの茂み……」


 小野寺は男達の話が聞こえていないらしく、震える指を茂みに向けている。

 心配いらないと声をかけたいところだが、せっかくお化け屋敷に来たんだ。一度くらい盛大に驚いてもらいたい。

 

 この瞬間、俺から良心というものは完全に消え去っていた。


「ええい、じゃあ俺達二人で小野寺さんを分けるってのはどうだ?」


「おぉ! いい考えだな! ついに俺達にも春が――」


 突如、男達の背後に長い影が出現した。その影は光に照らさると、虚ろな瞳で周囲を見渡し呻くような声を発した。


「絶対に許さないわ……」


「きゃーっ!!」


 悲鳴の四重奏が、お化け屋敷に響き渡る。

 俺は小野寺の手を取って、出口へと一目散に駆け出した。


「え、ちょっと、光! 渚!」

 

 後ろから蓮が俺達を呼んでいる気がした。だが、足を止めるという選択肢はなかった。


 この回に本物の霊が現れたという噂が、一部生徒の間で話題になったとかならなかったとか。

お読みいただき、ありがとうがとうございます。

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