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#16 文化祭一日目③

「それでは、ここに第四十五回文化祭を開始を宣言する! 皆、最高に楽しんでくれたまえ!」


 開会式は盛況の内に幕を閉じた。

 最上先輩の挨拶は、体育館に集まった全校生徒の心を熱く滾らせた。この二日間に懸ける熱、その燃料を得たような気分だ。


 見回りの時間まで、俺達はクラスの出し物を手伝うことになる。俺は裏方だが、来客の対応をする小野寺はかなり忙しくなるだろう。

 教室に戻った後、小野寺に声をかける。


「小野寺は接客もあるし、見回りの時は力抜いてもいいからな」


「大丈夫だよ。私、これでも体力には自信があるから任せて」


 そう言って、小野寺は腕を曲げて力こぶを作ってみせる。

 腕の盛り上がりもその硬さも、俺からは全く窺えない。それにも関わらず、得意げに鼻を鳴らす姿に思わず吹き出してしまう。


「間宮君、なんで笑ってるの?」


「いや、子どもみたいなことするなって思って」


「子どもじゃないよ! ……私は立派なレディです」


 むー、と俺を睨みつけ、小野寺は全身で不服を表現している。

 恐ろしさというよりも、愛らしさが前面に出てしまっていることに気付いていないのは、小野寺本人だけだろう。


「夫婦漫才はそこまで。ほら光、僕達は店内の装飾を確認するよ」


 ぱんと手を叩いた翔太が、俺の腕を引く。


「それじゃあ小野寺さん、ご主人様は借りて行くね」


「え、ちょっとご主人様って……!」


 慌てた様子の小野寺に、俺は振り返ってこう言った。


「恥ずかしがるのは、なしだぞ」



 メイド喫茶の評判は良く、雑談をしている余裕がないほど賑わっていた。

 体感時間が早かったせいか、見回りの時間があっという間にやってくる。


「翔太、あとは任せたぞ」


「もちろん。実家の手伝いに比べたら朝飯前さ」


 翔太に後を託し、俺は小野寺と合流するため、一足先に廊下に足を運んでいた。


「お待たせ。待った?」


「……今来たところだ」


 こんな定番のやり取りをする日が来るとはな。でも、仕方ないよな? 『待った?』って聞かれたら、そう答えるしかないだろ。

 格好いい男性像の裏には、止むに止まれぬ事情があったのだ。憧れというのは、手にしてみると案外空虚だったりするのかもしれない。


「見回りって言っても、どこを回るとかは厳しく決められてないんだよな」


 一クラスから二人選出される実行委員は、総勢四十八名いる。そのため、結構な人数と時間が被っていて、普通に文化祭を回っていたら見回りができてしまう。


「行ってみたい出し物あるか?」


「うーん……」


 小野寺は、手元のパンフレットを開く。

 このパンフレットは、今文化祭限定のお手製ガイドだ。クラスごとのポスターに加えて、今回は全体図の役割を果たすパンフレットを導入した。発案者は、もちろん最上先輩だ。


 発案どころか、制作もほとんどあの人がやったんだよな……。綾音先輩もすごいけど、どんだけハイスペックなんだよ。


「肉巻きおにぎり、食べてみたいかも」


 小野寺は指差したのは、二階にある”三年C組 最高の肉巻きおにぎり店”。


「……じゃあ行くか」


 俺は一抹の不安を抱えて、三年C組の教室を目指した。


「おぉ、二人とも! 来てくれると思っていたよ!」


 教室に足を踏み入れた途端、この一か月で聞き慣れた声を浴びる。


「やっぱり最上先輩のクラスだったんですね」


 クラスはうろ覚えだったけど、店名からなんとなくは察していた。


「そう! 最高の肉巻きおにぎりで、来てくれた人に最高の楽しいをお届けする! それがこのクラスの出し物さ!」


 スローガンの焼き増しじゃないですか、それ……。


「お疲れ様です。委員長」


「小野寺君、そんなかしこまらなくていいぞ! さぁ、いつものようにお兄ちゃんと――」


「呼んでないです」


 こんな塩対応の小野寺は初めて見た。

 けど、元々口数が多い方ではなかったらしいし、俺が会う前の小野寺のことを知らなすぎるだけかもな。


「じゃあ最上先輩、肉巻きおにぎり二つ貰えますか?」


「いいとも! ――綾音君!」


 最上先輩がいつものように声をかけると、俺たちの手に肉巻きおにぎりがすっぽりと収まる。


「相変わらず、すごい手際ですね」


「そうだろう! そうだろう!」


「あちらで座りながら食べていただけます。どうぞごゆっくり」


「うわっ、びっくりした!」


 いつの間にか、綾音先輩が俺たちの近くに佇んでいた。

 さっきまで調理してたんじゃなかったのか?


「行こっか、間宮君」


「そうだな」


 俺達は先輩達に挨拶を済ませ、席に着いた。

 

 肉巻きおにぎりは出来立てらしく、包みを通して熱さが伝わってくる。火傷しないよう気をつけながら口に運ぶ。


「ん、チーズが入ってるぞ」


 タレで濃いめに味付けがされた肉と、それが染み込んだ白米。その間から、とろりとした薄黄色の弾力を感じる。

 チーズを中に入れることで、タレの塩気をまろやかに抑えているようだ。


「私のは、チーズ入ってないみたい」


「本当か?」


「よく気付いたね! この肉巻きおにぎりの味は、ランダムになっているんだ! 誰かと分け合うも良し、好みの味に出会えるまで買い続けるも良し! 食べるだけで楽しいとは、まさにこれのことさ!」


 それだけ言い残して、最上先輩は見回りに出て行ってしまった。


「人によって味が違うなんて、面白いこと考えるな」


「……そうだね」


 なんだか、小野寺の様子がおかしい。暗い顔をしているわけではないが、心ここに在らずといった感じだ。


「小野寺、大丈夫か?」


「私も、チーズ入りのやつ……食べてみたいな」


「え?」


 おいおい、油断してたぞ。食べさせられるんじゃないかとは思っていたけど、まさかこっちが食べさせる側になるなんて。さすがに、口をつけたところを食べさせるわけにはいかないよな。間接キスが、というよりも汚いからな。……それはしょうがない。


 俺が逡巡しているのを見抜いてか、小野寺は口の端を持ち上げる。

 そして、艶やかに目を細めてこう言った。


「――恥ずかしがるのは、なしだよ」

お読みいただき、ありがとうがとうございます。

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