#15 文化祭一日目②
「お、来たね。待ってたよ、お二人さん」
開会式の準備までは少し時間がある。そこで俺達は一度クラスに顔を出し、最後の準備を手伝うことにした。
一番大変な時期を任せっきりにしてたんだ。今日くらいは力になりたい。
「ちょうど人手が不足しててね。お願いしたいことがあるんだけど、いいかな?」
「うん、いいよ」
クラスメイトの頼みを、小野寺は快く引き受ける。
「ありがとう! それじゃあ、早速……」
そうして小野寺は、カーテンで仕切られた生徒用の控え室に連れていかれた。
「俺も何か手伝えることないか?」
「間宮君は、ここに座ってて」
俺が指定されたのは、来客用の席。机を柄付きの布で覆った簡易的なテーブルには、手作りのメニュー表が置いてある。
ここに座って、何をしたらいいんだ?
その疑問は、すぐに解消されることになる。
「お、おかえりなさい……ご主人様。ご注文は、何になさいますか……?」
メイド服に着替えた小野寺は、俺のいる席まで来ると、緊張した面持ちでそう言った。
視線は定まらず、すでに耳も赤くしている。そんな小野寺の姿に、俺は見惚れてしまっていた。
「甘い空間になってるとこ申し訳ないんだけど、本番前のロープレだから注文まで済ませてもらっていいかな?」
クラスメイトに水を差され、俺は顔が熱くなるのを感じた。
「……それなら先に言ってくれ! えっと――」
俺は慌てて机上のメニューに目を落とす。
そして、最初に目に入った”タピオカミルクティー”を指差す。
「こ、これください」
「かしこまりました」
注文を終えてから控え室に戻るまで、俺は小野寺に目を向けることができなかった。
気まずさが募る頃、校内放送が入ってきた。
「文化祭実行委員は、開会式の準備がありますので体育館に集合してください。繰り返します――」
綾音先輩の声に混じって、「うん! うん!」という大げさな相槌が聞こえてくる。
最上先輩は、今日も元気だな。
今日までの頑張りを考えれば、一番気合が入っているのも頷ける。
「ありゃ、実行委員さん呼ばれちゃったね。手伝ってくれてありがと」
小野寺の着替えを済ませ、俺達は体育館へと向かう。しかし――
「…………」
「…………」
この空気、どうしてくれるんですかね……。
俺は小野寺を見ることができないし、小野寺の方もどこか挙動不審な様子だ。
今日の見回りは、基本クラスごとに割り振られている。つまり、今日一日は小野寺と行動を共にするのだ。このままだと、”最高の楽しい”が”最高の気まずい”になってしまう。
楽しい文化祭を過ごすため、なんとかして空気を変えなければ。
「……あの!」
意を決した一言が、小野寺の声と重なる。
「……小野寺からでいいぞ」
「あ、ううん。間宮君から話して」
ぎこちないやり取りを経て、俺は改めて口を開く。
「メイド服、やっぱり似合ってるな……。その、言葉遣いとかも良かったと思う……」
「ありがとう……」
羞恥心とは違う、妙な気恥しさが漂う。
……そうじゃないだろ!
二の足を踏む自分に、ついツッコミを入れてしまう。
自分が本当に伝えたいこと――小野寺と今日をどう過ごしたいかを、今一度思い浮かべる。
俺は深呼吸をして、小野寺を見据えた。今度は逸らさないという覚悟を持って。
「俺は、今日の文化祭を小野寺と回るのを楽しみにしてる。実行委員としての見回りも大事だけど、皆で作った最高の文化祭なんだ。全力で楽しまなきゃ勿体ないだろ?」
「……うん。私も間宮君と文化祭回れるの、すごく楽しみ」
「だからさ、俺が言うのもなんだけど、今日は恥ずかしいっていうのをなしにしないか?」
その提案に、小野寺は不思議そうな表情を浮かべる。
たしかに意味が分からないかもしれない。恥ずかしいをなしにするって、なんだ?
俺は自分の言ったことに首を傾げ始めていた。
「その、あれだ。俺たちが気まずくなるのって、大体が恥ずかしがってる時だと思うんだ。だから、今日の間はそういうのを抜きにして、楽しむことを優先したい……みたいな」
拙いなりに言葉を補うと、小野寺は目を細めて柔らかく微笑んだ。
「それ、いい考えだね。……私も、恥ずかしくて間宮君と話せなくなっちゃう時あるし。せっかくの文化祭だから、私も楽しみたい」
気付けば目を合わせて会話していた。
この制約がなくても、小野寺と普通に楽しむことができたら。その時俺は、彼女に思いを告げるのだと思う。
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