#14 文化祭一日目①
お待たせしました。今回から文化祭です。
ついに、文化祭当日がやってきた。
幸い熱はあの一日で引き、リハーサルにもしっかりと参加することができた。
リハーサルで見つかった細かな修正点は、その日のうちに最上先輩が片づけてしまった。変わった人ではあるが、仕事ぶりは間違いなく一流だ。
実行委員として活動した数週間で、最上先輩に対する印象は随分と変わったような気がする。
「それじゃあ、行ってくるな」
「楽しんできてくださいね」
俺は飛鳥に挨拶を済ませ、家を出る。すると、家の前にはすでに人の影があった。
「早すぎないか? まだ集合時間の十五分も前だぞ」
俺は自分のことを棚に上げて、先客への不平を口にする。
気合を入れて十五分前に家を出たのに、肩透かしを食らった気分だ。
「おはよう、間宮君。だって今日は文化祭だもん。遅刻できないでしょ」
そう答える小野寺は、張り切っているのか胸の前でガッツポーズを取っている。
「……可愛いな」
「え?」
「いや、なんでもない」
思わず零れた言葉を誤魔化しつつ、俺はこの間の出来事を振り返る。
小野寺が看病に来たあの日、俺は彼女に恋をした。
俺はこれまで、飛鳥や蓮、ニナのような一線を引ける相手としか関わりを持っていなかった。小野寺との距離感は、そんな俺にとって新しい風。最初は、その慣れない感覚に気持ちが高揚しているだけだと思っていた。しかしあの時、答えを待つ小野寺の姿を見て、俺の中で彼女に対する思いに変化が生まれた。
小野寺は、俺に変わるきっかけを与えてくれた。そして何よりも、俺という人間に真正面からぶつかってくれた。
小野寺が踏み込んで来てくれたおかげで、俺はまた勘違いをしてもいいと思えるようになったのだ。その感情が彼女に向くのを、誰が止められるだろう。
「そう? じゃあ行こっか」
とはいえ、それを彼女に伝えようと考えているわけではない。
今それを伝えたところで、ただの自己満足だ。この思いはまだ、胸の中に留めておきたい。
小野寺の少し先を行く背中を追って、隣に並ぶ。
「ちゃんとカードケースは持ってきたか?」
「うん。これがないと、見回りできないもんね」
俺達が買い出した最後の一品。その使い道は、腕章の代用だった。
名前を記した紙を首からぶら下げることで、身元が分かる相手という安心感を与えたいらしい。
二日目は、学外からも人がやってくる。実行委員は、そういう人達が頼りやすい存在であるべきだと最上先輩は力説していた。
「わぁ、綺麗……」
正門を抜けると、暖色系の花飾りで装飾されたアーチが出迎えてくれた。
アーチは等間隔に五本並んでおり、昇降口への誘導も果たしていた。
「早めに着いたし、写真でも撮るか?」
「いいの?」
「あぁ、好きなところでポーズ取ってくれ」
アーチ下で控えめにピースをする小野寺を撮影し、画面を見せて確認してもらう。
「うーん、なんか寂しいね」
「そうだな」
大きく弧を描くアーチに対して、小野寺はぽつんと佇んでいるように見える。アーチの華やかな飾り付けと、制服の落ち着いた色合いが対照的だった。
「アーチを全部写さないで、もっと近くで撮るか」
「そ、それなら……」
「ちょ、小野寺?!」
突然腕を取られ、俺は小野寺に引き寄せられる。ぴったりとくっついた腕の熱さは、どちらの体温か分からない。今も掴まれたままの手元から、小野寺の鼓動が伝わってくるようだった。
初めての距離に鼓動が痛く鳴るのを感じる。ふわりと漂う花の香りは、アーチに付けられた花飾りのものではないことだけは分かる。
「間宮君、早く撮って? そうじゃないと私、恥ずかしくて死んじゃう……」
「わ、分かった……」
死にそうなほど恥ずかしいのは、俺も同じだった。
俺は覚悟を決めて、二人が収まった画角にシャッターを切る。
恥ずかしいなら、どうしてこんなこと……。
それを聞く勇気は、俺にはなかった。
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