第二十章 身を知る雨(1)
鳴海は苛々としながら家老の間にいた。
威儀を正し真向から睨み付ける先には、丹波とその腹心、羽木。
鳴海が登城すると殆ど同時に、若君の無事の帰還を知らされた。
しかし、瑠璃の所在は未だ掴めぬまま、間もなく日没を迎えようとしている。
捜索の手を更に広げるよう手配した直後、この二人を訪ったのであった。
「貴殿らがおかしなことを画策したために、瑠璃様は御心を痛められたのに相違ない!!」
丹波は兎も角、羽木は鳴海よりも七つほど年嵩であるが、構わず真っ向から荒声をぶつけたのである。
「言いがかりはお控え願いたいものですな、大谷殿」
「これは御上の御意思でもあるのだぞ。瑠璃様の御幸せを願う御上の御決断を糾弾しようとは、不遜が過ぎよう」
どう説いて肯かせたかは兎も角、事実として藩主の同意のあることが、二人の強硬な態度に拍車を掛けているらしかった。
白々しく鼻を鳴らした丹波に、鳴海は憤慨の遣り場を失い、畳を強かに打つ。
「貴殿らが殿を唆したのではないのか!? 元来殿は、瑠璃様をこそ若君の御相手にと縁組を……!」
「滅多な事を申されるな!」
憤ったのは羽木のほうである。
「今日の若君のご様子、あれは瑠璃様に起因するところが全く大きい。あのように常々気儘な御方を、若君に添わすわけにはゆかぬと判断したまでのこと」
「第一にのう、大谷。今は予断を許さぬ時勢なのだ。我が藩も決して一枚岩ではない。瑠璃様のような軽率な単純馬鹿……ゲッフォゲホォ!! ンフンッ! 誰にも耳を御貸しになる存在は、更なる亀裂を生みかねん」
若干の失言も聞こえたが、概ねじっくり諭すように丹波は言った。
加えて、羽木が嘆くような口調で言い繋ぐ。
「無闇に政争に巻き込まぬためでもござる。ゆえに、大谷殿にも御賛同頂けるものとばかり──」
「しかし、さればこそ私はですな……!」
「くどいぞ大谷! 殿と奥方との間に実の御息女がおられるのだ、瑠璃様には降嫁頂き、峰姫様を若君の御相手とするのが順当ではないか」
「! 丹波殿、その言葉は瑠璃様に対する侮辱ではないか!?」
俄かに気色ばんだ鳴海を、丹波はまあまあと軽くいなして嘆息した。
「ちと頭を冷やせ。仕える姫君を思い遣るのはおぬしの勝手だが、主君はあくまで御当代であることを忘れるでないわ」
間髪を入れずにぴしゃりと言い放つ丹波に、鳴海は歯噛みする。
丹波や羽木の言い分に対し、返す余地が無かったのである。
主君が是というものには為すすべもない。
鳴海は二人を睥睨し、徐に口を開いた。
「ならば、一つ要望がござる」
「なんだ」
「瑠璃様の師たる私が選抜する者を一人、その勝負に加えて頂きたい」
打つ手はそれしかない。
どうせ候補はこの二人の息のかかった者ばかりだろう。
鳴海の発言に、丹波は眉を上げてこちらを覗き見る。
「青山の倅も出るぞ? あれはおぬしも気に入りではなかったか?」
「左様、あれが勝ち抜くことは大いに考えられる。瑠璃様にも申し分のない相手でござろう」
ふんと鼻を鳴らす丹波の目は、どこか小馬鹿にしているようで、どうにも腹の底が煮える。
無論、助之丞本人には何の蟠りも持たないが、丹波の様子に引っ掛かりを覚えるのだ。
そもそもが瑠璃を政争から遠ざける狙いならば、青山家は不向きである。
助之丞の父であり、青山家の現当主たる助左衛門は御用人であり、その嫡子・半蔵も小納戸役だ。
父子揃って、主君に最も近い役目にある。
(丹波め、何を考えている)
じろりと丹波の様子を窺うが、涼しい眼差しが返されるのみ。
「……承服しかねる」
「っまーだ、ごねおるか。呆れた奴よ」
「私の指名による者を一人、後日候補にお加え願う」
***
銃太郎に伴われての帰城は、もう慣れたものである。
稽古終わりに城まで送り届けられるうちに、門兵も気さくに銃太郎を労うようにまでなっていた。
いつもなら内大手で別れるものが、藩校前を過ぎ、正面の箕輪門を潜ってもまだ、銃太郎が引き返す様子はない。
「銃太郎殿、もう良いぞ……?」
「そんなことを言って、また脱走されたのではたまらん。大谷殿に引き渡すまでは帰らないからな」
「だ、だいぶ信用がないの……」
「これだけ好き放題しておいて、信用があると思うほうがおかしいだろう」
「でもな? 実は丹波殿に火急の用があって──」




