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第十八章 邂逅と牽制(4)

 

   ***

 

 謀られたかもしれない。

 瑠璃がそう思ったのは、城下の甘味茶屋を出た後のことだった。栄治が見せたい場所があると言い出し、言われるままについて行った先の光景を目の当たりにした時のことである。

 賑やかな城下の街並みを抜け、山地や丘陵の間を埋める田畑が見渡せるその場所は、城下から最も近いであろう成田村の農地の景色である。

 遠くに近くに、田植えの前の代掻きに勤しむ農夫の姿が散見された。

 茶屋にいる間に多少雨が降ったせいで道は柔らかく、一歩踏み出せば下駄の歯が僅かに土を抉る。

「話したいことがある、というのは、つまりこの事だったか」

「御足労を頂きましたな。この件で山岡殿や馬場殿を責めないでやって貰えるか。全部私が無理を圧して頼んだこと」

 連れられた先に待っていたのは、瑠璃もよく知る人物だった。

「書状は読ませて貰ったぞ、黄山」

「それは有難い」

「読んだだけじゃぞ。丹波殿に申したところで肯くとは思えぬからな」

 藩政を乱すとして危険視されている人物の釈放など、容易く叶えられるものではない。

 一度、鳴海が獄中で認めたと見られる書状を携えてきたことがあったが、あの時でさえ、居合わせた新十郎の慌てようは印象深いものがあった。

「栄治もそなた、初めから申せば良かろう。相手が黄山なら、こんなところまで来ずとも城下で会合出来ように」

 今日に限っては、助左衛門の邸に出向くとあって、普段なら張り付いているはずの鳴海の手の者もいない様子なのだ。

 護衛や見張りがいなかろうと、それ自体は構わない。だが、それを狙って誘い出す行為のほうに不審を抱かずにはおれなかった。

「まあ待て、姫。中島殿はこの景色を見せたかったんだそうだ」

 微かに気色ばんだ瑠璃を遮り、栄治は周囲に視線を巡らす。

 辺りは普段通りの農村の光景だ。晴れ間はないが、雨上がりの風がしっとりと頬を撫で、水田の水面に風紋が幾重にも広がっては消えていく。

「農民にとって、田畑は命綱だ。戦で荒らされるようなことになれば、この年の収穫は望めない」

 栄治が促したのを機に、黄山も話を継いだ。

 確かに、その通りである。

 加えて戦ともなれば、農夫も兵として駆り出されることになる。

 畢竟、一時的に農村の男手は減り、農作業にも多大な影響を及ぼすことになるだろう。

「名は出せんが、農村から戦に反対する声が上がっているのを知っているか」

「え……」

 思わず、隣に立って田畑を眺める黄山の横顔を見上げた。

 無論、百姓仕事に携わる者が戦を喜ばないことは道理だ。だが、実際にそんな訴えが起こっているとはこれが初耳であった。

「そう、なのか」

「姫さん。今日、おれがあんたに見せたこの景色は、平時のものだ。戦になった時のこの村の景色を想像してみてはくれねえか」

 言われて、この付近で仮に戦闘が行われたとしたなら、と考える。

 男手を戦に取られた農村にはおなごや子供しかおらず、作り上げた田畑を残して避難せざるを得ない。この地には銃弾が飛び交い、敵味方を問わず戦死者の躯がそこかしこに横たわることだろう。

「………」

「先代の御上の頃から、こういうことを折に触れて申し上げ、領民の暮しを説いていたのが、今、獄に繋がれている御仁だ」

「……それで、三浦の釈放を望むのか」

「戦はな、武家だけのものじゃあねえんだ。百姓からは人夫を、町人からは金を徴収するだろう。すべての領民が否応なしに巻き込まれる」

 遠く山々の緑と麓に広がる田畑に目を細めたまま、黄山は続ける。その眼は一向にこちらを見ようとはせず、瑠璃もまた広がる農地の光景に視線を戻した。

「三浦権太夫殿を釈放しては貰えまいか。無理は承知の上だ。あの家老連中に説いて回れるのは、もう姫さんしかいねえ」

 確かに、既に町人には多大な才覚金を課している。

 黄山の言うのも、解せぬではなかった。

「戦にせぬために、一学や新十郎が奔走しておるのじゃぞ。それでも、他藩を出し抜いてまで朝廷に付けと申すのか? 恭順したとて、我が藩は大きな負担を強いられよう。結局は、会津を討つために人夫も金も必要となるのだからの」

「おれは、一刻も早いほうが良いと考える。朝廷の側に付いてさえいれば、負担はあっても土地は荒れず、その先も違ってくる」

「……奥州諸藩を敵に回してまでもか」

 淡々と問答を繰り返す中で、漸く黄山が瑠璃に視線を向けた気配がしたが、目は合わさずに今一度問う。

「仙台をはじめ、諸藩は会津を庇う姿勢じゃ。会津も降伏嘆願を提出すると決めた今、我が藩だけが先んじて恭順を示せばどうなるか」

「だからこそ、だ。今、三浦殿を釈放し、会津の降伏が成れば速やかに動く用意が要る」

 黄山に要望を取り下げるつもりは毛頭ないらしい。

「諸藩の動向を勘案して行動せねばならんことは百も承知だ。おれが直接に御上へ恭順を説いても、和左衛門殿の言を以てしても、受け容れては頂けなかった。となると、もう三浦殿をおいて他にないだろう」

「………」

 一歩下がって二人の会話を見守る栄治は、話に介入してくる様子もない。

 問い質すまでもなく、栄治もまた黄山の主張に少なからず同意するところがあるのだろう。

 要望が要望だけに安請け合いは出来ず、瑠璃は返答に窮したが、代わって矢面に立ってくれる者はここにはいなかった。

 もしもここにいるのが栄治でなく銃太郎であったなら、先日同様に率先して黄山との間に割って入ってくれただろう。

 庇って欲しいわけではないが、少々荷が勝つ要望であるだけに、ふと過ぎったその姿に寄り掛かりたい気にさせられたのであった。

 

 

 【第十九章へ続く】

 

 

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